京都帝国大学理学部附属阿武山地震観測所
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[FUJI PHOTO FILM 緑色箱] 阿武山古墳遺体 レントゲン写真 No.3, [1971年以前に箱が製造ヵ.].
箱蓋表に「Palace Hotel Room 366」「10枚」と記載.
[Kodak 黄色箱] [阿武山古墳調査写真1], [1982年以前に箱が製造.].
箱蓋表に黒フェルトペンで「正倉院文書 手■スミ」と記し, 上から赤フェルトペンで二重線引き抹消. 細字ペンで「焼付スミ」.
[Kodak 黄色箱] [阿武山古墳調査写真2], [1981年以前に箱が製造.].
箱蓋表に細字ペンで「3巻 B面 9枚」と記し, 上から赤フェルトペンで二重線引き抹消.
[フィルム] 玉枕レントゲン2
箱蓋表に「Palace Hotel Room 366」「10枚」と記載.
[フィルム] 玉枕レントゲン3, 昭和9年(1934) 6月29日.
箱蓋表に「Palace Hotel Room 366」「10枚」と記載.
[フィルム] 玉枕レントゲン4
箱蓋表に「Palace Hotel Room 366」「10枚」と記載.
[フィルム] 玉枕レントゲン1
箱蓋表に「Palace Hotel Room 366」「10枚」と記載.
[フィルム] 玉枕レントゲン5
箱蓋表に「Palace Hotel Room 366」「10枚」と記載.
[フィルム] 胸部レントゲン
箱蓋表に「Palace Hotel Room 366」「10枚」と記載.
[フィルム] 腰部付近レントゲン
箱蓋表に「Palace Hotel Room 366」「10枚」と記載.
[フィルム] 足部レントゲン
箱蓋表に「Palace Hotel Room 366」「10枚」と記載.
[フィルム] 頭部レントゲン1
箱蓋表に「Palace Hotel Room 366」「10枚」と記載.
[フィルム] 頭部レントゲン2
箱蓋表に「Palace Hotel Room 366」「10枚」と記載.
[フィルム] 顎部から胸部レントゲン
箱蓋表に「Palace Hotel Room 366」「10枚」と記載.
[乾板] 再埋葬用木箱, 昭和9年(1934) 8月10~11日.
箱蓋表に黒フェルトペンで「正倉院文書 手■スミ」と記し, 上から赤フェルトペンで二重線引き抹消. 細字ペンで「焼付スミ」.
[乾板] 夾紵棺と木箱, 昭和9年(1934) 8月10~11日.
「蘇った古代の木乃伊-藤原鎌足-」における90頁の「32 白木の箱と棺 昭和9年8月10~11日」にコンテンツの1枚目が対応している.
[乾板] 夾紵棺蓋, 昭和9年(1934) 5~6月.
箱蓋表に細字ペンで「3巻 B面 9枚」と記し, 上から赤フェルトペンで二重線引き抹消.
[乾板] 夾紵棺(蓋と身)
箱蓋表に黒フェルトペンで「正倉院文書 手■スミ」と記し, 上から赤フェルトペンで二重線引き抹消. 細字ペンで「焼付スミ」.
[乾板] 夾紵棺身(棺内被葬者実体), 昭和9年(1934) 5月.
箱蓋表に細字ペンで「3巻 B面 9枚」と記し, 上から赤フェルトペンで二重線引き抹消.
[乾板] 夾紵棺身(棺内被葬者実体)1
一連のガラス乾板写真は, 箱3(FUJI緑)のネガフィルムからポジ焼き付けされたものか. 修復時に, 元のガラス乾板から乳剤面を接着フィルムにて剥離し新しいガラスへ移動されたか.
[乾板] 夾紵棺身(棺内被葬者実体)2
一連のガラス乾板写真は, 箱3(FUJI緑)のネガフィルムからポジ焼き付けされたものか. 修復時に, 元のガラス乾板から乳剤面を接着フィルムにて剥離し新しいガラスへ移動されたか.
[乾板] 玉枕
箱蓋表に細字ペンで「3巻 B面 9枚」と記し, 上から赤フェルトペンで二重線引き抹消.
[乾板] 玉枕レントゲン3
一連のガラス乾板写真は, 箱3(FUJI緑)のネガフィルムからポジ焼き付けされたものか. 修復時に, 元のガラス乾板から乳剤面を接着フィルムにて剥離し新しいガラスへ移動されたか.
[乾板] 玉枕レントゲン2
一連のガラス乾板写真は, 箱3(FUJI緑)のネガフィルムからポジ焼き付けされたものか. 修復時に, 元のガラス乾板から乳剤面を接着フィルムにて剥離し新しいガラスへ移動されたか.
[乾板] 玉枕レントゲン4
一連のガラス乾板写真は, 箱3(FUJI緑)のネガフィルムからポジ焼き付けされたものか. 修復時に, 元のガラス乾板から乳剤面を接着フィルムにて剥離し新しいガラスへ移動されたか.
[乾板] 石室入口, 昭和9年(1934) 4月26日か.
箱蓋表に黒フェルトペンで「正倉院文書 手■スミ」と記し, 上から赤フェルトペンで二重線引き抹消. 細字ペンで「焼付スミ」.
[乾板] 石室羨道部, 昭和9年(1934) 5月 3日.
箱蓋表に細字ペンで「3巻 B面 9枚」と記し, 上から赤フェルトペンで二重線引き抹消.
[乾板] 胸部から腰部, 昭和9年(1934) 5月27日~ 6月30日.
[乾板] 足部, 昭和9年(1934) 5月27日~ 6月30日.
[乾板] 頭部から胸部, 昭和9年(1934) 5月27日~ 6月30日.
箱蓋表に細字ペンで「3巻 B面 9枚」と記し, 上から赤フェルトペンで二重線引き抹消.
[乾板] 頭部から胸部2
[乾板] 頭部から胸部1, 昭和9年(1934) 5月27日~ 6月30日.
[乾板] 頭部レントゲン2
[乾板] 頭部レントゲン1
[乾板] 顎部から胸部レントゲン
[乾板] 風景
箱蓋表に黒フェルトペンで「正倉院文書 手■スミ」と記し, 上から赤フェルトペンで二重線引き抹消. 細字ペンで「焼付スミ」.
[写真内容] 再埋葬用木箱, 昭和9年(1934) 8月10~11日.
「蘇った古代の木乃伊-藤原鎌足-」における90頁の「33 白木の箱に納まった棺 昭和9年8月10~11日」にコンテンツの1枚目が対応している.
[写真内容] 夾紵棺と木箱, 昭和9年(1934) 8月10~11日., 1934-08-10-1934-08-11
「蘇った古代の木乃伊-藤原鎌足-」における90頁の「32 白木の箱と棺 昭和9年8月10~11日」にコンテンツの1枚目が対応している.
[写真内容] 夾紵棺蓋, 昭和9年(1934) 5~6月.
「蘇った古代の木乃伊-藤原鎌足-」における89頁の「30 棺の蓋内側 撮影場所:観測所塔の下 昭和9年5~6月」にコンテンツの1枚目を左に90度回転させたものが対応している.
[写真内容] 夾紵棺(蓋と身)
「蘇った古代の木乃伊-藤原鎌足-」における89頁の「31 棺 撮影場所:観測所塔の下」にコンテンツの1枚目が対応している.
[写真内容] 夾紵棺身(棺内被葬者実体), 昭和9年(1934) 5月.
「蘇った古代の木乃伊-藤原鎌足-」における4-5頁の「阿武山古墳被葬者棺内全身実体写真 昭和9年5月」にコンテンツの1枚目が対応している.
[写真内容] 夾紵棺身(棺内被葬者実体)2
一連のガラス乾板写真は, 箱3(FUJI緑)のネガフィルムからポジ焼き付けされたものか. 修復時に, 元のガラス乾板から乳剤面を接着フィルムにて剥離し新しいガラスへ移動されたか.
[写真内容] 夾紵棺身(棺内被葬者実体)1
一連のガラス乾板写真は, 箱3(FUJI緑)のネガフィルムからポジ焼き付けされたものか. 修復時に, 元のガラス乾板から乳剤面を接着フィルムにて剥離し新しいガラスへ移動されたか.
[写真内容] 玉枕
「蘇った古代の木乃伊-藤原鎌足-」における48頁の「16 あしぎぬからひきずりだされた玉枕」にコンテンツの1枚目を左に90度回転したものが対応している. 「蘇った古代の木乃伊-藤原鎌足-」においては一部トリミングがされている.
[写真内容] 玉枕レントゲン2
一連のガラス乾板写真は, 箱3(FUJI緑)のネガフィルムからポジ焼き付けされたものか. 修復時に, 元のガラス乾板から乳剤面を接着フィルムにて剥離し新しいガラスへ移動されたか.
[写真内容] 玉枕レントゲン3
一連のガラス乾板写真は, 箱3(FUJI緑)のネガフィルムからポジ焼き付けされたものか. 修復時に, 元のガラス乾板から乳剤面を接着フィルムにて剥離し新しいガラスへ移動されたか.
[写真内容] 玉枕レントゲン4
一連のガラス乾板写真は, 箱3(FUJI緑)のネガフィルムからポジ焼き付けされたものか. 修復時に, 元のガラス乾板から乳剤面を接着フィルムにて剥離し新しいガラスへ移動されたか.
[写真内容] 石室入口, 昭和9年(1934) 4月26日か.
「蘇った古代の木乃伊-藤原鎌足-」における83頁の「23 墓室内部 棺がとり出された後 このとき梁は真中から二つに割れた 昭和9年4月26日か」にコンテンツの1枚目が対応している.
[写真内容] 石室羨道部, 昭和9年(1934) 5月 3日.
「蘇った古代の木乃伊-藤原鎌足-」における94頁の「24 南面トレンチ 丸く葺いた平瓦がみえる 昭和9年5月3日」にコンテンツの1枚目が対応している.
[写真内容] 胸部から腰部
「蘇った古代の木乃伊-藤原鎌足-」における95頁の「37 胸部から腰部 昭和9年5月27日~6月30日」にコンテンツを反転したものが対応している.