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京都帝国大学文学部考古学教室

 団体

30 コレクションおよび/またはレコード 表示:

[乾板] 夾紵棺, 1934年 5月 2日撮影.

 アイテム
資料番号: (考古)30337
範囲と内容

{品名}夾紵棺 {場所}高槻市奈佐阿武山古墳 {撮影者}  {現像者}   1935{年} 5{月} 2{日撮影} {天候}   {備考}大阪報. 第7. P1. 13. (スタンプ印, 2ヶ所)「焼付」「焼付」

日付: 1934年 5月 2日撮影.

[乾板] 夾紵棺蓋, 1934年 5月 2日撮影.

 アイテム
資料番号: (考古)30338
範囲と内容

{品名}夾紵棺蓋 {場所}高槻市奈佐阿武山古墳 {撮影者}  {現像者}   1935{年} 5{月} 2{日撮影} {天候}   {備考}(スタンプ印, 2ヶ所)「焼付」「焼付」

日付: 1934年 5月 2日撮影.

[乾板] 棺内の状態, 1934年 5月 2日撮影.

 アイテム
資料番号: (考古)30330
範囲と内容

{品名}棺内の状態 {場所}高槻市奈佐阿武山古墳 {撮影者}  {現像者}   1935{年} 5{月} 2{日撮影} {天候}   {備考}(スタンプ印, 2ヶ所)「焼付」「焼付」

日付: 1934年 5月 2日撮影.

[乾板] 棺内の状態 脚部とそれを覆える布

 アイテム
資料番号: (考古)30332
範囲と内容

{品名}棺内の状態 脚部とそれを覆える布 {場所}高槻市奈佐阿武山古墳 {撮影者}  {現像者}     {年} {月} {日撮影} {天候}   {備考}大阪報. 第7. P1. 18 (スタンプ印, 2ヶ所)「焼付」「焼付」

日付: [1961年以降に整理ヵ.].

[乾板] 棺内の状態 脚部より頭部をみる, 1934年 5月 2日撮影.

 アイテム
資料番号: (考古)30329
範囲と内容

{品名}棺内の状態 脚部より頭部をみる {場所}高槻市奈佐阿武山古墳 {撮影者}  {現像者}   1935{年} 5{月} 2{日撮影} {天候}   {備考}大阪報. 第7. P1. 16参照 (スタンプ印, 2ヶ所)「焼付」「焼付」

日付: 1934年 5月 2日撮影.

[乾板] 棺内遺骸出土状況, 1934年 5月 2日撮影.

 アイテム
資料番号: (考古)30331
範囲と内容

{品名}棺内遺骸出土状態 {場所}高槻市奈佐阿武山古墳 {撮影者}  {現像者}   1935{年} 5{月} 2{日撮影} {天候}   {備考}(スタンプ印, 2ヶ所)「焼付」「焼付」

日付: 1934年 5月 2日撮影.

[乾板] 棺内頭部状態 頭蓋と金糸, 1934年 5月 2日撮影.

 アイテム
資料番号: (考古)30327
範囲と内容

{品名}棺内頭部状態 頭蓋と金糸 {場所}高槻市奈佐阿武山古墳 {撮影者}  {現像者}   1935{年} 5{月} 2{日撮影} {天候}   {備考}大阪報. 第7. P1. 16参照 (スタンプ印, 2ヶ所)「焼付」「焼付」

日付: 1934年 5月 2日撮影.

[乾板] 棺内頭部状態 頭蓋と金糸, 1934年 5月 2日撮影.

 アイテム
資料番号: (考古)30328
範囲と内容

{品名}棺内頭部状態 頭蓋と金糸 {場所}高槻市奈佐阿武山古墳 {撮影者}  {現像者}   1935{年} 5{月} 2{日撮影} {天候}   {備考}大阪報. 第7. P1. 16参照 (スタンプ印, 2ヶ所)「焼付」「焼付」

日付: 1934年 5月 2日撮影.

[乾板] 発見当初の石室北側外部状態, 1934年 5月 2日撮影.

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資料番号: (考古)30326
範囲と内容

{品名}発見当初の石室北側外部状態 {場所}高槻市奈佐阿武山古墳 {撮影者}  {現像者}   1935{年} 5{月} 2{日撮影} {天候}   {備考}大阪報. 第7. P1. 3. (スタンプ印, 2ヶ所)「焼付」「焼付」

日付: 1934年 5月 2日撮影.

[乾板] 発見当初の石室北側外部状態, 1934年 5月 2日撮影.

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資料番号: (考古)30335
範囲と内容

{品名}発見当初の石室北側外部状態 {場所}高槻市奈佐阿武山古墳 {撮影者}  {現像者}   1935{年} 5{月} 2{日撮影} {天候}   {備考}大阪報. 第7. P1. 3. (スタンプ印, 2ヶ所)「焼付」「焼付」

日付: 1934年 5月 2日撮影.

[乾板] 石室に於ける夾紵棺, 1934年 5月撮影.

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資料番号: (考古)30334
範囲と内容

{品名}石室内に於ける夾紵棺(北方より撮影) {場所}高槻市奈佐阿武山古墳 {撮影者}  {現像者}   1935{年} 5{月} {日撮影} {天候}   {備考}大阪報. 第7. P1. 8. (スタンプ印, 2ヶ所)「焼付」「焼付」

日付: 1934年 5月撮影.

[乾板] 石室内面観 棺台, 1934年 5月 2日撮影.

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資料番号: (考古)30339
範囲と内容

{品名}石室内面観 棺台(北方より撮影) {場所}高槻市奈佐阿武山古墳 {撮影者}  {現像者}   1935{年} 5{月} 2{日撮影} [撮影]   {備考}大阪報. 第7. P1. 19. (スタンプ印, 2ヶ所)「焼付」「焼付」

日付: 1934年 5月 2日撮影.

[乾板] 石室北側状景, 1934年 5月 2日撮影.

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資料番号: (考古)30336
範囲と内容

{品名}石室北側状景 {場所}高槻市奈佐阿武山古墳 {撮影者}  {現像者}   1935{年} 5{月} 2{日撮影} {天候}   {備考}大阪報. 第7. P1. 7. (スタンプ印, 2ヶ所)「焼付」「焼付」

日付: 1934年 5月 2日撮影.

[乾板] 石室北辺地盤掘鑿状態, 1934年 5月 2日撮影.

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資料番号: (考古)30333
範囲と内容

{品名}石室北辺地盤掘鑿状態 {場所}高槻市奈佐阿武山古墳 {撮影者}  {現像者}   1935{年} 5{月} 2{日撮影} {天候}   {備考}大阪報. 第7. P1. 3. (スタンプ印, 2ヶ所)「焼付」「焼付」

日付: 1934年 5月 2日撮影.

[写真内容] 夾紵棺, 1934年 5月 2日撮影.

 アイテム
資料番号: (考古)30337(1)
範囲と内容

「蘇った古代の木乃伊-藤原鎌足-」における88頁の「29 棺身 まっすぐだったのが乾燥のため数日後にはゆがんでしまっている 撮影場所:観測所地下の地震計設置室」にコンテンツの1枚目が対応している. 「蘇った古代の木乃伊-藤原鎌足-」においては一部トリミングがされている.

日付: 1934年 5月 2日撮影.

[写真内容] 夾紵棺蓋, 1934年 5月 2日撮影.

 アイテム
資料番号: (考古)30338(1)
範囲と内容

「蘇った古代の木乃伊-藤原鎌足-」における88頁の「28 棺の蓋 撮影場所:観測所地下の地震計設置室 昭和9年5月2日か」にコンテンツの1枚目が対応している.

日付: 1934年 5月 2日撮影.

[写真内容] 棺内の状態, 1934年 5月 2日撮影.

 アイテム
資料番号: (考古)30330(1)
範囲と内容 アイテム :

{品名}棺内の状態 {場所}高槻市奈佐阿武山古墳 {撮影者}  {現像者}   1935{年} 5{月} 2{日撮影} {天候}   {備考}(スタンプ印, 2ヶ所)「焼付」「焼付」

日付: 1934年 5月 2日撮影.

[写真内容] 棺内の状態 脚部とそれを覆える布

 アイテム
資料番号: (考古)30332(1)
範囲と内容 アイテム :

{品名}棺内の状態 脚部とそれを覆える布 {場所}高槻市奈佐阿武山古墳 {撮影者}  {現像者}     {年} {月} {日撮影} {天候}   {備考}大阪報. 第7. P1. 18 (スタンプ印, 2ヶ所)「焼付」「焼付」

日付: [1961年以降に整理ヵ.].

[写真内容] 棺内の状態 脚部より頭部をみる, 1934年 5月 2日撮影.

 アイテム
資料番号: (考古)30329(1)
範囲と内容

「蘇った古代の木乃伊-藤原鎌足-」における97頁の「39 左大腿骨部」にコンテンツの1枚目が対応している. 「蘇った古代の木乃伊-藤原鎌足-」においては一部トリミングがされている.

日付: 1934年 5月 2日撮影.

[写真内容] 棺内遺骸出土状況, 1934年 5月 2日撮影.

 アイテム
資料番号: (考古)30331(1)
範囲と内容 アイテム :

{品名}棺内遺骸出土状態 {場所}高槻市奈佐阿武山古墳 {撮影者}  {現像者}   1935{年} 5{月} 2{日撮影} {天候}   {備考}(スタンプ印, 2ヶ所)「焼付」「焼付」

日付: 1934年 5月 2日撮影.

[写真内容] 棺内頭部状態 頭蓋と金糸, 1934年 5月 2日撮影.

 アイテム
資料番号: (考古)30327(1)
範囲と内容 アイテム :

{品名}棺内頭部状態 頭蓋と金糸 {場所}高槻市奈佐阿武山古墳 {撮影者}  {現像者}   1935{年} 5{月} 2{日撮影} {天候}   {備考}大阪報. 第7. P1. 16参照 (スタンプ印, 2ヶ所)「焼付」「焼付」

日付: 1934年 5月 2日撮影.

[写真内容] 棺内頭部状態 頭蓋と金糸, 1934年 5月 2日撮影.

 アイテム
資料番号: (考古)30328(1)
範囲と内容

「蘇った古代の木乃伊-藤原鎌足-」における92頁の「34 頭部 南枕で頭蓋骨は首からはずれている」にコンテンツの1枚目が対応している. 「蘇った古代の木乃伊-藤原鎌足-」においては一部トリミングがされている.

日付: 1934年 5月 2日撮影.

[写真内容] 発見当初の石室北側外部状態, 1934年 5月 2日撮影.

 アイテム
資料番号: (考古)30326(1)
範囲と内容 アイテム :

{品名}発見当初の石室北側外部状態 {場所}高槻市奈佐阿武山古墳 {撮影者}  {現像者}   1935{年} 5{月} 2{日撮影} {天候}   {備考}大阪報. 第7. P1. 3. (スタンプ印, 2ヶ所)「焼付」「焼付」

日付: 1934年 5月 2日撮影.

[写真内容] 発見当初の石室北側外部状態, 1934年 5月 2日撮影.

 アイテム
資料番号: (考古)30335(1)
範囲と内容

「蘇った古代の木乃伊-藤原鎌足-」における82頁の「22 古墳北面石積み状態 昭和9年4月22日〜26日」にコンテンツの1枚目が対応している.

日付: 1934年 5月 2日撮影.

[写真内容] 石室に於ける夾紵棺, 1934年 5月撮影.

 アイテム
資料番号: (考古)30334(1)
範囲と内容

「蘇った古代の木乃伊-藤原鎌足-」における84頁の「25 墓室内部 昭和9年4月26日か」にコンテンツの1枚目が対応している.

日付: 1934年 5月撮影.

[写真内容] 石室内面観 棺台, 1934年 5月 2日撮影.

 アイテム
資料番号: (考古)30339(1)
範囲と内容

「蘇った古代の木乃伊-藤原鎌足-」における85頁の「27 墓室内部 棺台が高く周囲の排水用溝がかなり深い 昭和9年4月26日か」にコンテンツの1枚目が対応している. 「蘇った古代の木乃伊-藤原鎌足-」においては一部トリミングがされている.

日付: 1934年 5月 2日撮影.

[写真内容] 石室北側状景, 1934年 5月 2日撮影.

 アイテム
資料番号: (考古)30336(1)
範囲と内容 アイテム :

{品名}石室北側状景 {場所}高槻市奈佐阿武山古墳 {撮影者}  {現像者}   1935{年} 5{月} 2{日撮影} {天候}   {備考}大阪報. 第7. P1. 7. (スタンプ印, 2ヶ所)「焼付」「焼付」

日付: 1934年 5月 2日撮影.

[写真内容] 石室北辺地盤掘鑿状態, 1934年 5月 2日撮影.

 アイテム
資料番号: (考古)30333(1)
範囲と内容 アイテム :

{品名}石室北辺地盤掘鑿状態 {場所}高槻市奈佐阿武山古墳 {撮影者}  {現像者}   1935{年} 5{月} 2{日撮影} {天候}   {備考}大阪報. 第7. P1. 3. (スタンプ印, 2ヶ所)「焼付」「焼付」

日付: 1934年 5月 2日撮影.

[考古学研究室保管箱] 30326-30339 大阪府 高槻市 阿武山古墳, [1961年以降に整理ヵ.].

 シリーズ
資料番号: 箱6(考古30326-30339)
範囲と内容

箱蓋全面に貼紙, その上に記載. 箱蓋下側面に「30326 -30339 大阪府」, 上側面に「19 高槻 阿武山」(「19」のみ赤字)と記載. この箱内のガラス乾板の収納には, いずれも「京都大学文学部」名入記入欄印刷透写紙様袋(ハトロン紙またはグラシン紙ヵ)が使用されていることから, 第二次大戦後の新制大学以降に整理されたとみられる.

なお, 考古学教室・考古学研究室は, 梅原教授のもとで小林行雄(助手1935-1953年)が担当して写真付きカードによる基礎資料を作成したという(京大百年史・文1997). ガラス乾板は, かかる基礎資料に対応した収納・整理が淵源となっているとかんがえられる.

日付: [1961年以降に整理ヵ.].

京都大学考古学研究室写真 : 阿武山古墳調査, 1934, 1987. Department of Archaeology, Kyoto University Collection: Research Photographs of Abuyama Tomb, 1934, 1987.

 コレクション
資料番号: FoLs PIC 2017/6
要約 大阪府高槻市阿武山古墳の昭和9年(1934)の発掘調査に際し, 京都帝国大学文学部考古学教室および阿武山地震観測所(志田順博士)により撮影された写真資料. 腐朽せずに出土することがきわめて稀な夾紵棺の貴重な出土状況記録であり, 原資料が再埋葬されている現況において, 最も重要な二次資料である. また, レントゲンフィルムは, 日本考古学にX線が利用された最初の事例であり, 学史的にきわめて重要である. This is a collection of photographs of the 1934 excavation of Abuyama Tomb in Takatsuki City, Osaka Prefecture conducted by the Archaeological Institute at Kyoto Imperial University and Dr. Toshi Shida of the Abuyama Seismological Observatory. It is a valuable record of the discovery of a...
日付: 昭和 9年(1934); 昭和62年(1987).