京都大学考古学研究室
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[乾板] 石室内面観 棺台, 1934年 5月 2日撮影.
{品名}石室内面観 棺台(北方より撮影) {場所}高槻市奈佐阿武山古墳 {撮影者} {現像者} 1935{年} 5{月} 2{日撮影} [撮影] {備考}大阪報. 第7. P1. 19. (スタンプ印, 2ヶ所)「焼付」「焼付」
[乾板] 石室北側状景, 1934年 5月 2日撮影.
{品名}石室北側状景 {場所}高槻市奈佐阿武山古墳 {撮影者} {現像者} 1935{年} 5{月} 2{日撮影} {天候} {備考}大阪報. 第7. P1. 7. (スタンプ印, 2ヶ所)「焼付」「焼付」
[乾板] 石室北辺地盤掘鑿状態, 1934年 5月 2日撮影.
{品名}石室北辺地盤掘鑿状態 {場所}高槻市奈佐阿武山古墳 {撮影者} {現像者} 1935{年} 5{月} 2{日撮影} {天候} {備考}大阪報. 第7. P1. 3. (スタンプ印, 2ヶ所)「焼付」「焼付」
[乾板] 石室羨道部, 昭和9年(1934) 5月 3日.
箱蓋表に細字ペンで「3巻 B面 9枚」と記し, 上から赤フェルトペンで二重線引き抹消.
[乾板] 胸部から腰部, 昭和9年(1934) 5月27日~ 6月30日.
[乾板] 足部, 昭和9年(1934) 5月27日~ 6月30日.
[乾板] 頭部から胸部, 昭和9年(1934) 5月27日~ 6月30日.
箱蓋表に細字ペンで「3巻 B面 9枚」と記し, 上から赤フェルトペンで二重線引き抹消.
[乾板] 頭部から胸部2
[乾板] 頭部から胸部1, 昭和9年(1934) 5月27日~ 6月30日.
[乾板] 頭部レントゲン2
[乾板] 頭部レントゲン1
[乾板] 顎部から胸部レントゲン
[乾板] 風景
箱蓋表に黒フェルトペンで「正倉院文書 手■スミ」と記し, 上から赤フェルトペンで二重線引き抹消. 細字ペンで「焼付スミ」.
[写真内容] 夾紵棺身(棺内被葬者実体)2
一連のガラス乾板写真は, 箱3(FUJI緑)のネガフィルムからポジ焼き付けされたものか. 修復時に, 元のガラス乾板から乳剤面を接着フィルムにて剥離し新しいガラスへ移動されたか.
[写真内容] 夾紵棺身(棺内被葬者実体)1
一連のガラス乾板写真は, 箱3(FUJI緑)のネガフィルムからポジ焼き付けされたものか. 修復時に, 元のガラス乾板から乳剤面を接着フィルムにて剥離し新しいガラスへ移動されたか.
[写真内容] 玉枕レントゲン2
一連のガラス乾板写真は, 箱3(FUJI緑)のネガフィルムからポジ焼き付けされたものか. 修復時に, 元のガラス乾板から乳剤面を接着フィルムにて剥離し新しいガラスへ移動されたか.
[写真内容] 玉枕レントゲン3
一連のガラス乾板写真は, 箱3(FUJI緑)のネガフィルムからポジ焼き付けされたものか. 修復時に, 元のガラス乾板から乳剤面を接着フィルムにて剥離し新しいガラスへ移動されたか.
[写真内容] 玉枕レントゲン4
一連のガラス乾板写真は, 箱3(FUJI緑)のネガフィルムからポジ焼き付けされたものか. 修復時に, 元のガラス乾板から乳剤面を接着フィルムにて剥離し新しいガラスへ移動されたか.
[写真内容] 胸部から腰部
「蘇った古代の木乃伊-藤原鎌足-」における95頁の「37 胸部から腰部 昭和9年5月27日~6月30日」にコンテンツを反転したものが対応している.
[写真内容] 足部
「蘇った古代の木乃伊-藤原鎌足-」における98頁の「40 足部 布をかぶり内股になっている 昭和9年5月27日~6月30日」にコンテンツを反転したものが対応している.
[写真内容] 頭部から胸部2
[写真内容] 頭部から胸部1
「蘇った古代の木乃伊-藤原鎌足-」における94頁の「36 頭部から胸部 昭和9年5月27日~6月30日」にコンテンツを反転したものが対応している.
[写真内容] 頭部レントゲン1
[写真内容] 頭部レントゲン2
[写真内容] 顎部から胸部レントゲン
[考古学研究室保管箱] 30326-30339 大阪府 高槻市 阿武山古墳, [1961年以降に整理ヵ.].
箱蓋全面に貼紙, その上に記載. 箱蓋下側面に「30326 -30339 大阪府」, 上側面に「19 高槻 阿武山」(「19」のみ赤字)と記載. この箱内のガラス乾板の収納には, いずれも「京都大学文学部」名入記入欄印刷透写紙様袋(ハトロン紙またはグラシン紙ヵ)が使用されていることから, 第二次大戦後の新制大学以降に整理されたとみられる.
なお, 考古学教室・考古学研究室は, 梅原教授のもとで小林行雄(助手1935-1953年)が担当して写真付きカードによる基礎資料を作成したという(京大百年史・文1997). ガラス乾板は, かかる基礎資料に対応した収納・整理が淵源となっているとかんがえられる.
[茶色箱1] [阿武山古墳調査レントゲン写真ガラス乾板1]
一連のガラス乾板写真は, 箱3(FUJI緑)のネガフィルムからポジ焼き付けされたものか. 修復時に, 元のガラス乾板から乳剤面を接着フィルムにて剥離し新しいガラスへ移動されたか.
[茶色箱2] [阿武山古墳調査レントゲン写真ガラス乾板2]