上山,春平,1921-2012
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なぜ土着思想に注目するか(連載対談第14回), 雑誌の発行日による., 1971-09-01
『大白蓮華』,第二百四十五号(九月号), 1971年.標題の上に,「連載対談第14回」の記載.標題の内容のページ番号は, p.26-p.32.
ヒナタの倫理とカゲの倫理:竹内好氏への手紙, 15枚目の記載による., 1962-02-23
上山春平から竹内好への書簡の形を取っている.主な内容は,「思想の科学廃棄事件」について.(1枚目の文字の上から訂正線が引かれている箇所の後の本文より)「先だっては,『魯迅』二四・五・六号,ありがとうございました.『魯迅』の御礼の筆をとって,この度の『思想の科学』廃棄事件に筆が及び,論おわらぬうちに,雑用にとりまぎれて,そのままになっていました.失礼を,お許し下さい.こんどの事件に際しましては,色々とお骨折いただき,ありがとうございました.私は,こんどの事件が,言論の自由の侵害という面からだけ問題にされることには,抵抗を感じます.…」.
[みささぎ会会長田滝禎則宛上山春平書簡], 便箋4枚目の記載による., 1971-03-07
みささぎ会会長田滝禎則に,上山春平がみささぎ会退会の旨を記した書簡と退会届.
[上山春平の著書,共著,共編,論文に関するリスト], 論文リスト中の「谷神不死 清風会報63号」横の日付による., 1985-08
内容は以下のとおり. 1枚目の「著書」リストに,「20.日本の国家を考える(対談) 徳間書店1985.2」ほか. 2枚目の「共著」リストに,「19.明治維新と近代化 小学館1884.12」ほか. 3枚目の「共編」リストに,「9.空海を解く 徳間書店1984.10」ほか. 4枚目の「論文」リストに,「92.論理から国家へ 思想722号1984.8」ほか.
[上山春平宛吉川幸次郎書簡群], 上限は,書簡の記載による.下限は,はがきの消印による., 1975-03-20/1975-08-24.
内容は以下のとおり.(書簡本文より)「人文科学研究所東方部の漢籍と私,吉川幸次郎,昭和四年,創立直後の東方文化学院京都研究所は,天津の蔵書家,陶湘氏,字は蘭泉から,明清の叢書数百種のコレクション,計 万 千 百 十 冊を,一括購入した.…」.(はがき本文より)「...先日新聞にお書きの神道の儒学受容論 清明心に就ては舜典の孔伝もさることながら礼記緇衣篇に引ける逸詩...」.
[上山春平宛講談社ペック松沢実書簡], 文中記載による., 1988-08-16
内容は,訂正原稿の件について.(書簡本文より)「拝啓 ますますご壮健のこととお喜び申しあげます.先日は,さっそく訂正原稿を送っていただきまして,ありがとうございました.最終的に,同封の原稿のような著者略歴にさせていただきました.御高覧ください.お忙しいところお手数をかけ申しわけありません.…」.
[京都大学人文学研究所,上山春平退官記念講演に関する新聞記事群], 新聞発行日による., 1983-01-21/1984-03-19.
書簡の内容は,新聞紙面への掲載に関する謝辞.新聞の複写物は,「退官記念講演で熱弁」(昭和59年3月19日,『朝日新聞』夕刊の「人 きのうきょう」に掲載).新聞記事の内容は以下のとおり.「新京都学派の頂点に,管鮑の交わり 京大人文研(上)」(『日本経済新聞』夕刊,昭和58年(1983年)1月21日(金曜日), 10面の「ひと 関西を創る 第三部学術・文化〈2〉」に掲載)が2点.「果敢に新分野へ挑む,人材輩出 京大人文研(下)」(『日本経済新聞』夕刊,昭和58年(1983年)1月26日(水曜日), 10面の「ひと 関西を創る 第三部学術・文化〈3〉」に掲載)が3点.
[回天関連資料,文化功労者表彰関連資料], 1975-1994
回天に関連する刊行物及び書簡,文化功労者表彰についての新聞記事,自作の研究業績記録等,計34件から構成される.
国家論関係著作目録・関連共同研究,人類社会発展模式図
「国家論関係著作目録・関連共同研究」は,「著書」,「論文」,「共同研究」についてタイトルと出版年,発行元などが記載されているリスト.「人類社会発展模式図」は,「社会組織」,「発展段階」,「生産革命」についての図が記載されている.
学歴経歴等調査票(Aの2), 資料中の「甲南女子大学文学部」の「離職年月日」の記載による., 1992-03-31
上山春平の昭和3年10月1日海軍省海軍大尉から,平成4年3月31日甲南女子大学文学部教員までの経歴.
寄物陳思(地球を考える5), 雑誌の発行日による., 1971-05-01
『放送朝日』,第204号, 1971年.特集,パノラマ日本・日本人.標題内容のページ番号は, p.9-p.39.「地球を考える5」の記載の隣に,「現代における哲学の役割」の手書きあり.
履歴(年譜)資料, 資料の記載による., 1973-03-20/1995-01-10.
内容は以下のとおり.(1)表紙に「年譜資料」とペン書きされた封筒の中身は,戸籍謄本とその複写,履歴書,手書きの年譜等.(2)所長引継事項(手書き複写).(3)紫綬褒章授与式関係.(4)筑紫申真氏の逝去を悼む(手稿).(5)人事興信録の登載記事複写.(6)履歴書類(上山春平,上山志保子).(7)在職証明書,人事異動通知書類.(8)業績一覧.
山城と国家論, 雑誌の発行日による., 1978-04-20
『本の窓』,第1巻第1号, 1978年.標題内容は, p.14-p.15に掲載.
岡崎の六年間, 発行日による., 1970-07-15
『たつき』,第39号.標題内容のページ番号は, p.14-p.15.本文中の見出しは,「マルクス主義」,「相対的な真実」,「深層文化論」.
年譜(一九二一〜一九九四)
座談会:新らしいナショナリズム, 上限は表紙の手書き記載による.下限は雑誌の発行日による., 1964-07-13/1964-08-20.
『日本人』,通巻9号, 1964年.特集,新らしいナショナリズム.標題の座談会は, p.16-p.39に掲載.
[新聞記事]多元主義の思考「思想の科学」講演会から, 新聞の発行日による., 1962-05-29
『熊本日日新聞』,昭和37年(1962年)5月29日に掲載.記事の内容は,昭和37年5月25日に開催された「講演要旨」と「座談会の論点」.講演要旨中に,鶴見俊輔「明日の日本の思想と転向」,上山春平「思想の科学の課題」が掲載.
[新聞記事]深層文化論に集中, 新聞発行日による., 1975-10-27
新聞記事の「近況」の中に、上山春平の顔写真が掲載され,上山春平「深層文化論に集中」の記事がある.同じ「近況」の中に,尾崎秀樹「改築すすんで本の山」の記事がある.
[新聞記事]私の読書遍歴8・15の前と後, 新聞発行日による., 1960-08-15
『日本読書新聞』,第1066号, 1960年.「私の読書遍歴8・15の前と後」の記事の内容は以下のとおり.(1)針生一郎「右翼の潮流: "剣"と町々の"無節操"な灯の波と」.(2)吉本隆明「胸くそ悪く 古典が唯一の場だった時を経て戦争の自己批判へ」.(3)上山春平「空海の曼ダ羅:潜水艦で読みふけった"根の国"の神々の物語」.(4)村上兵衛「際立った断層 軍人だった私は二十一歳で初めて大人の本に移った」.
[新聞記事]記紀 神話と上山説, 新聞の発行日による., 1975-07-05
『高知新聞』, 11面.本文中の見出しは,「人間論展開の面白さ:大胆な仮説 学界が注目」.
[新聞記事]記紀神話と上山説, 上限,下限共に資料中の手書き記載による., 1975-07-08/1975-07-11.
2点の上山春平の記事の内容は以下のとおり.(1)記事の見出しは,「記紀神話と上山説」,内容をまとめた見出しは,「人間魚雷内で得た着想 人間論展開の面白さ」(『中部経済新聞』,昭和50年に掲載).(2)記事の見出しは,「記紀神話と上山説」,内容をまとめた見出しは,「人間論展開の面白さ30年前出撃中に得た着想」(『中国新聞』に掲載).
歴史と私, 雑誌の発行日による., 1978-01-01
『月刊歴史手帖1』, 6巻1号, 1978年.特集,濃尾地方の武士団.上山春平「歴史と私」は,目次と同ページの上部に掲載.
潮沫[シオナワ] 伊363潜会, 発行日による., 1978-10-14
「伊号363潜会慰霊と懇親の集い」を期に発行された記念誌.各方面の資料及び写真等を取りまとめたもの.(あとがきによる.) 後ろから3ページ目に,上山春平「戦中の回想:伊号363潜水艦の慰霊祭によせて」(『週刊エコノミスト』,昭和41年6月28日より抜粋)が掲載されている.
田ノ岡キヌヱ記念誌, 資料の記載による., 1971-12-07/1985-12-28.
田ノ岡キヌヱの追悼記念誌.内容は, 1971年12月7日の「葬儀に際して」と関係者からの「追悼文」. 84-85頁に上山春平「田ノ岡キヌヱさまのこと」が掲載されている.はさみこみの資料は,新聞記事1点とその拡大コピー1点.記事内容は「田辺とは自分にとって何であるか; 18カ月…心の古里に 上山春平」(『紀伊民報』, 1985年12月28日,第12755号).
空海との出合い, 雑誌の発行日による., 1967-12-01
『思想の科学』,通巻109号No.69, 1967年.特集,日本の仏教.標題内容のページ番号は, p.10-p.19.
[竹内好宛上山春平書簡]
内容は,魯迅友の会の会報について.(書簡本文より)「竹内好様 ロジン友の会の会報ありがとうございました.私の文章をよみなおしてみて,何となくサクバクとした気持におそわれました.要するに,矢部孝之さん及び矢部さんに代表される思想態度に一矢を放ったにすぎないのですが,放ちおわった後に,なんとなく空虚な感じがのこるのです.…」.
筑紫申眞さんとの出会い, 16枚目の記載による., 1973-03-20
筑紫申眞逝去に伴い,上山春平が作成した回想録.
自伝資料, 1959-1992
1960・70年代の上山春平の書簡、回想録、自身についての新聞記事や寄稿雑誌等,計50件から構成される.
自宅庭園平面図(一九八二・三・一作図), 資料記載による., 1982-02-26/1982-03-14.
内容は以下のとおり.(1)自宅庭園平面図, 1/20.(2)洛西太秦 自宅庭園設計図, 1/20.(3)自宅庭園平面図(中川庭園作成), 1/20.(4)自宅庭園平面図(私の設計図), 1/20.(5)自宅平面図 参考資料, 1/20.(6)(本文より)「南へ,洛南は東から西へ,洛北は東から西へといった順序になっているのにたいして,こちらは,洛中洛外の枠をはずして,いまの京都市域を,東側とまんなかと西側といったぐあいに大まかに縦に三分して,それぞれの部分を北から南へたどるというかっこうになっている.…」.(7)(本文より)「中川様,同封の図面に,私の考えていることを,できるだけ分かりやすく表現してみました.作庭の参考にしていただければ幸いです.…」.(8)自宅平面図 参考資料. A三尊石. B座禅石.
著作年表(一九五二〜一九九七)資料 著作集第十巻収録分以外, 資料の記載による., 1984-03/1997-10-12.
封筒表紙に「(A) 一九五二年〜一九八四(京大停年退官まで),(B)一九八四〜一九九一,(C)一九九一〜一九九四,(D)一九九二〜一九九七」の記載.上記の内容は以下のとおり.(A)「上山春平教授略歴・著作目録」(『人文学報』第57号, 1984年3月)抜刷.(B)手書きの著作年表.(C)手書きの著作目録.表紙に「『上山春平著作集』第10巻著作年表作成のため(1994年10月12日作成)」の記載あり.(D)手書きの著作年表.表紙に「1997年10月12日記」の記載あり.そのほか上山春平著作集全10巻の出版広告資料3点.
[複写物]18ヵ月…心の古里に, 新聞の発行日による., 1985-12-28
『紀伊民報』,第12755号.標題内容全てが複写されているものは3点.残り3点は標題内容の拡大複写1点を切断したもの.感熱紙1点に標題内容が薄く複写されている.
[複写物]ヒナタの倫理とカゲの倫理:竹内好氏への手紙, 15枚目の記載による., 1962-02-23
上山春平から竹内好への書簡の形を取っている.主な内容は,「思想の科学廃棄事件」について.(1枚目の文字の上から訂正線が引かれている箇所の後の本文より)「先だっては,『魯迅』二四・五・六号,ありがとうございました.『魯迅』の御礼の筆をとって,この度の『思想の科学』廃棄事件に筆が及び,論おわらぬうちに,雑用にとりまぎれて,そのままになっていました.失礼を,お許し下さい.こんどの事件に際しましては,色々とお骨折いただき,ありがとうございました.私は,こんどの事件が,言論の自由の侵害という面からだけ問題にされることには,抵抗を感じます.…」.
[複写物][上山春平主要著書の概要]
「著者,学術文等の名称」,「単著,共著の別」,「発行又は発表の年月日」,「発行所,発表雑誌又は発表学会等の名称」,「概要」 の項目がある上山春平の著作に関するリスト.記載されている著作は以下のとおり.(1)フランス革命の研究.(2)歴史分析の方法.(3)弁証法の系譜.(4)明治維新の分析視点.(5)日本の思想.(6)神々の体系,続神々の体系,埋もれた巨像―国家論の試み.(7)照葉樹林文化,続照葉樹林文化,深層文化論序説.(8)歴史と価値.
[複写物][中川久定宛上山春平書簡], 9枚目の記載による., 1980-01-14
(書簡本文より)「中川久定様,御質疑の点,具体的に申しますと,ひとつは,戦時下の海軍での体験です.二十三才の年に大学を卒業するなり海軍に入ったのですが,それが一九四三年十月,それから約一年間,海軍士官としての速成教育をうけて,翌四四年九月に「第一特別基地隊附」という謎のような辞令をもらって赴任したのが,真珠湾で最初に用いた特殊潜航艇の基地,広島湾内倉橋島の大浦崎でした.…」.
[複写物]吉川菩薩の御来臨, [1970-03].キ右2-1-11の表紙による.
「吉川幸二郎全集第8巻月報 昭和45年3月」のp.4-p.7までの複写. 1枚目に,「吉川幸次郎全集 月報」の手書きあり.
[複写物]哲学と宗教
『高野山時報』の特別寄稿として掲載.ページ番号はp.36-p.39.
[複写物]国家と切り結ぶ, 新聞の発行日による., 1979-11-02
『読売新聞大阪版夕刊』,第9724号.上山春平「国家と切り結ぶ」と上山春平の顔写真は, 1面に掲載.
[複写物]岡崎の六年間
標題横に「愛知女子」の手書きあり.本文中の見出しは,「マルクス主義」,「相対的な真実」,「深層文化論」.
[複写物]歴史と私, 資料の手書き記載による., 1978-01
右半分に,「続群書類従完成会」の出版物の案内が掲載.左半分上部に,上山春平「歴史と私」,下部に「『歴史手帖』 六巻一号 目次」が掲載.
[複写物]田ノ岡きぬゑさんを想う 北山茂夫[ならびに]田ノ岡キヌエさまのこと 上山春平
内容は以下のとおり.(1)北山茂夫「田ノ岡きぬゑさんを想う」(ページ番号はp.83-p.84).(2)上山春平「田ノ岡キヌヱさまのこと」(ページ番号はp.84-p.85).
[複写物]田ノ岡きぬゑさんを想う 北山茂夫[ならびに]田ノ岡キヌヱさまのこと 上山春平, 表紙の記載による., 1971
内容は以下のとおり.(1)表紙に「田ノ岡キヌエ記念誌 一九七一年 田ノ岡宏編」の手書きあり.(2)北山茂夫「田ノ岡きぬゑさんを想う」(ページ番号はp.83-p.84).(3)上山春平「田ノ岡キヌヱさまのこと」(ページ番号はp.84-p.85).
[複写物]田ノ岡きぬゑさんを想う 北山茂夫[ならびに]田ノ岡キヌヱさまのこと 上山春平, 3枚目の日時の記載による., 1971-12-07
7点の内容は以下のとおり.(1)表紙に「田ノ岡キヌヱ記念誌」の記載.(2)田ノ岡宏氏の前書き(ページ番号はp.3).(3)「田ノ岡キヌヱ葬儀の順序」(ページ番号はp.7).(4)北山茂夫「田ノ岡きぬゑさんを想う」(ページ番号はp.83-p.84).(5)上山春平「田ノ岡キヌヱさまのこと」(ページ番号はp.84-p.85).(6)白紙.
[複写物][竹内好宛上山春平書簡]
「魯迅友の会会報」の謝辞から始まり,魯迅の思想について言及した書簡.(書簡本文より)「竹内好様 ロジン友の会の会報ありがとうございました.私の文章をよみなおしてみて,何となくサクバクとした気持におそわれました.要するに,矢部孝之さん及び矢部さんに代表される思想態度に一矢を放ったにすぎないのですが,放ちおわった後に,なんとなく空虚な感じがのこるのです.…」.
[複写物]第二次世界大戦終末期の体験:最後の「回天」特攻隊, 1枚目の記載による., 1980-04
標題の内容の1枚目に,「第七巻月報昭和55年4月」の記載.ページ番号はp.1-p.3.便箋は,上山春平宛第二アートセンター中山良昭書簡.内容は,「図説昭和の歴史」の原稿に対する謝辞.
[複写物]筑紫申眞さんとの出会い, 表紙の手書き記載, 8点目の記載による., 1973-03-20
筑紫申眞逝去に伴い,上山春平が作成した回想録.
上山春平研究資料, 1807–2002(主年代1933–2002) Shumpei Ueyama papers, 1807–2002, bulk 1933–2002
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- 1:個人文書 Personal papers,1939–1997::経歴 Biographical::自伝資料 34
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- 10:哲学ノート(テーマ別)Research notes by subject,1954–1991 1
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- 1:個人文書 Personal papers,1939–1997::経歴 Biographical::年譜(一九二一〜一九九四) 1
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- 1:個人文書 Personal papers,1939–1997::経歴 Biographical::田ノ岡キヌヱ記念誌 1
- 1:個人文書 Personal papers,1939–1997::経歴 Biographical::著作年表(一九五二〜一九九七)資料 著作集第十巻収録分以外 1
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