知床半島
13 コレクションおよび/またはレコード 表示:
リール中02,知床風景いろいろ, 1970-1981
<映像内容>(07:30)知床における様々な季節,場所における短い映像がまとめられている.
リール中03,知床半島斜里側, 1970-1981
「知床半島斜里側」 <映像内容>(06:45) 湖(知床五湖か),線上から撮影された断崖,滝など,短い映像がまとめられている.
リール中04,知床 余備II, 1970-1981
「知床 余備II」 <映像内容>(20:45) 知床の映像の編集カット断片映像がまとめられている.
リール中07,今西先生 知床の山を行く, 1980
「今西先生 知床の山を行く」「June 19-23 1980 吉村健次郎 撮」 <映像内容>(16:00) 前半は,知床半島での調査の様子(1983年に報告されている遠音別のシレトコスミレ調査の風景か?).後半は,1980年6月,今西錦司ほかと知床の山を登山した映像記録. ( 19日:羅臼岳,20日:硫黄山,22日:斜里山,23日:藻琴山)
リール大01,ヒグマ研究会 1977 Apr., 1977-1981
フィルムケースラベル部記載「ヒグマ研 1977 Apr.」 <映像内容>(24:21)雪山でクマの足跡,冬眠する穴ぐらなどの調査(北海道大学天塩演習林か).(07:05から)1978年8月の知床半島・知西別岳などでのヒグマ生態調査の様子.(20:27から)1981年岐阜クマ牧場でのα-pinineに対する反応調査.
リール大02,知床半島 観光編・登山編, 1970-1975
「東洋現像所」袋入り、リール裏面に「降雨 ?」 <<映像内容>>(33:00)1970-1975年に知床半島を縦走しながら撮影した映像が編集されている.(羅臼峠・ウナキベツの観音岩付近(1971年)・知床岬に上陸.赤岩に向かった歩き出す(1973年)・長谷川番屋から小舟に乗り,観光船「くなしり」に乗船・セセキ温泉(1971年)・知床横断道路の翔雲橋・ウトロ港・文吉湾を上から望む・(11:16からテロップ「登山編」)屏風岩に残る雪崩あとの斜面を登る・羅臼岳山頂(1970年)・知円別岳キャンプサイト・知円別岳・硫黄山(ここまで1970年)・知床沼と知床岳・羅臼湖など)
リール大03,秘境 知床半島の屋根を歩く 1970,1971, 1970-1975
「'73-74 知床岬」 / リール裏面にタックラベル貼付「スペア」 <映像内容>(33:20)1970-1975年の知床半島を縦走記録が編集されている.大02と重複する風景が多い.1970年:硫黄山中央尾根よりラウス岳・羅臼岳山頂・らうす荘(ラウス温泉).(04:01から)1971年:船上からの風景./(05:25から)1970年:出発風景から.(06:44から)1974年:船でモイレウシへ・知床沼のほとりでキャンプ.以下,年や場所が異なるカットが続けて編集されている.
リール大04,知床半島縦走記 1970~1975, 1970-1975
「知床半島縦走記」 / リールに「'84スペア」と明記あり. <映像内容>(33:00)1970-1975年に知床半島を縦走しながら撮影した映像が編集されている.大02,大03と重複する風景が多く,手書きのタイトル映像が未編集で残されていることから,編集作業中のものと思われる.カムイワッカの滝・知床岬・羅臼間欠泉・釣果(ヤマメ)・セセキ温泉.流氷・(11:04から)タイトル「知床半島縦走記 1970~1975」・「この映画は秘境といわれる知床半島のすべてを見たいと思いついた中年の男が毎年四,五日ずつ四年がかりで若者達に助けられながら主稜の縦走を果たした記録である. 一九七五年 九月七日終了」・地図による走破ルート説明(アニメーション)・雨中で食事・化石浜を歩く・知床横断道路・トッカリムイの下(1975年)・羅臼岳.以下,カットが続けて編集されている.
リール小11,タイトルII(タイトルパーツ集2), 1970-1981
「タイトルII」(リール部に) <映像内容>(02:13) 小10と同様に,タイトルパーツが撮影されている.
リール小12,北海道演習林構内とSL, 1970-1981
「構内 S.L.」 <映像内容>(02:42) 作業中の除雪車,冬の摩周湖の風景,蒸気機関車(C58 119)の走行風景,知床の海岸風景.
リール小15,知床いろいろ4, 1970-1981
リール部に「イワ ヒバ」の記載. <映像内容>(02:21)半島地図を指し棒で示している映像.知床の港と未舗装道路(横断道路か)