写真原版資料(ガラス乾板・フィルム) Glass plates and films
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樺太航空写真集成写真05
古丹岸団地を上空から撮影した写真を切り並べて接写している。1/20000地図とともに保存されていた集成写真の元写真である。3つの箱には「演習林 昭和6.6.」と書かれており、番号は南東から順番に付けられていた。八ツ切(152×254 mm)写真27(もとは無番であった)は、四ツ切(254×305 mm)写真25と写真26の間にできた隙間を埋める場所が撮影されている。
樺太航空写真集成写真06
古丹岸団地を上空から撮影した写真を切り並べて接写している。1/20000地図とともに保存されていた集成写真の元写真である。3つの箱には「演習林 昭和6.6.」と書かれており、番号は南東から順番に付けられていた。八ツ切(152×254 mm)写真27(もとは無番であった)は、四ツ切(254×305 mm)写真25と写真26の間にできた隙間を埋める場所が撮影されている。
樺太航空写真集成写真07
古丹岸団地を上空から撮影した写真を切り並べて接写している。1/20000地図とともに保存されていた集成写真の元写真である。3つの箱には「演習林 昭和6.6.」と書かれており、番号は南東から順番に付けられていた。八ツ切(152×254 mm)写真27(もとは無番であった)は、四ツ切(254×305 mm)写真25と写真26の間にできた隙間を埋める場所が撮影されている。
樺太航空写真集成写真08
古丹岸団地を上空から撮影した写真を切り並べて接写している。1/20000地図とともに保存されていた集成写真の元写真である。3つの箱には「演習林 昭和6.6.」と書かれており、番号は南東から順番に付けられていた。八ツ切(152×254 mm)写真27(もとは無番であった)は、四ツ切(254×305 mm)写真25と写真26の間にできた隙間を埋める場所が撮影されている。
樺太航空写真集成写真09
古丹岸団地を上空から撮影した写真を切り並べて接写している。1/20000地図とともに保存されていた集成写真の元写真である。3つの箱には「演習林 昭和6.6.」と書かれており、番号は南東から順番に付けられていた。八ツ切(152×254 mm)写真27(もとは無番であった)は、四ツ切(254×305 mm)写真25と写真26の間にできた隙間を埋める場所が撮影されている。
樺太航空写真集成写真10
古丹岸団地を上空から撮影した写真を切り並べて接写している。1/20000地図とともに保存されていた集成写真の元写真である。3つの箱には「演習林 昭和6.6.」と書かれており、番号は南東から順番に付けられていた。八ツ切(152×254 mm)写真27(もとは無番であった)は、四ツ切(254×305 mm)写真25と写真26の間にできた隙間を埋める場所が撮影されている。
樺太航空写真集成写真11
古丹岸団地を上空から撮影した写真を切り並べて接写している。1/20000地図とともに保存されていた集成写真の元写真である。3つの箱には「演習林 昭和6.6.」と書かれており、番号は南東から順番に付けられていた。八ツ切(152×254 mm)写真27(もとは無番であった)は、四ツ切(254×305 mm)写真25と写真26の間にできた隙間を埋める場所が撮影されている。
樺太航空写真集成写真12
古丹岸団地を上空から撮影した写真を切り並べて接写している。1/20000地図とともに保存されていた集成写真の元写真である。3つの箱には「演習林 昭和6.6.」と書かれており、番号は南東から順番に付けられていた。八ツ切(152×254 mm)写真27(もとは無番であった)は、四ツ切(254×305 mm)写真25と写真26の間にできた隙間を埋める場所が撮影されている。
樺太航空写真集成写真13
古丹岸団地を上空から撮影した写真を切り並べて接写している。1/20000地図とともに保存されていた集成写真の元写真である。3つの箱には「演習林 昭和6.6.」と書かれており、番号は南東から順番に付けられていた。八ツ切(152×254 mm)写真27(もとは無番であった)は、四ツ切(254×305 mm)写真25と写真26の間にできた隙間を埋める場所が撮影されている。
樺太航空写真集成写真14
古丹岸団地を上空から撮影した写真を切り並べて接写している。1/20000地図とともに保存されていた集成写真の元写真である。3つの箱には「演習林 昭和6.6.」と書かれており、番号は南東から順番に付けられていた。八ツ切(152×254 mm)写真27(もとは無番であった)は、四ツ切(254×305 mm)写真25と写真26の間にできた隙間を埋める場所が撮影されている。
樺太航空写真集成写真15
古丹岸団地を上空から撮影した写真を切り並べて接写している。1/20000地図とともに保存されていた集成写真の元写真である。3つの箱には「演習林 昭和6.6.」と書かれており、番号は南東から順番に付けられていた。八ツ切(152×254 mm)写真27(もとは無番であった)は、四ツ切(254×305 mm)写真25と写真26の間にできた隙間を埋める場所が撮影されている。
樺太航空写真集成写真16
古丹岸団地を上空から撮影した写真を切り並べて接写している。1/20000地図とともに保存されていた集成写真の元写真である。3つの箱には「演習林 昭和6.6.」と書かれており、番号は南東から順番に付けられていた。八ツ切(152×254 mm)写真27(もとは無番であった)は、四ツ切(254×305 mm)写真25と写真26の間にできた隙間を埋める場所が撮影されている。
樺太航空写真集成写真17
古丹岸団地を上空から撮影した写真を切り並べて接写している。1/20000地図とともに保存されていた集成写真の元写真である。3つの箱には「演習林 昭和6.6.」と書かれており、番号は南東から順番に付けられていた。八ツ切(152×254 mm)写真27(もとは無番であった)は、四ツ切(254×305 mm)写真25と写真26の間にできた隙間を埋める場所が撮影されている。
樺太航空写真集成写真18
古丹岸団地を上空から撮影した写真を切り並べて接写している。1/20000地図とともに保存されていた集成写真の元写真である。3つの箱には「演習林 昭和6.6.」と書かれており、番号は南東から順番に付けられていた。八ツ切(152×254 mm)写真27(もとは無番であった)は、四ツ切(254×305 mm)写真25と写真26の間にできた隙間を埋める場所が撮影されている。
樺太航空写真集成写真19
古丹岸団地を上空から撮影した写真を切り並べて接写している。1/20000地図とともに保存されていた集成写真の元写真である。3つの箱には「演習林 昭和6.6.」と書かれており、番号は南東から順番に付けられていた。八ツ切(152×254 mm)写真27(もとは無番であった)は、四ツ切(254×305 mm)写真25と写真26の間にできた隙間を埋める場所が撮影されている。
樺太航空写真集成写真20
古丹岸団地を上空から撮影した写真を切り並べて接写している。1/20000地図とともに保存されていた集成写真の元写真である。3つの箱には「演習林 昭和6.6.」と書かれており、番号は南東から順番に付けられていた。八ツ切(152×254 mm)写真27(もとは無番であった)は、四ツ切(254×305 mm)写真25と写真26の間にできた隙間を埋める場所が撮影されている。
樺太航空写真集成写真21
古丹岸団地を上空から撮影した写真を切り並べて接写している。1/20000地図とともに保存されていた集成写真の元写真である。3つの箱には「演習林 昭和6.6.」と書かれており、番号は南東から順番に付けられていた。八ツ切(152×254 mm)写真27(もとは無番であった)は、四ツ切(254×305 mm)写真25と写真26の間にできた隙間を埋める場所が撮影されている。
樺太航空写真集成写真22
古丹岸団地を上空から撮影した写真を切り並べて接写している。1/20000地図とともに保存されていた集成写真の元写真である。3つの箱には「演習林 昭和6.6.」と書かれており、番号は南東から順番に付けられていた。八ツ切(152×254 mm)写真27(もとは無番であった)は、四ツ切(254×305 mm)写真25と写真26の間にできた隙間を埋める場所が撮影されている。
樺太航空写真集成写真23
古丹岸団地を上空から撮影した写真を切り並べて接写している。1/20000地図とともに保存されていた集成写真の元写真である。3つの箱には「演習林 昭和6.6.」と書かれており、番号は南東から順番に付けられていた。八ツ切(152×254 mm)写真27(もとは無番であった)は、四ツ切(254×305 mm)写真25と写真26の間にできた隙間を埋める場所が撮影されている。
樺太航空写真集成写真24
古丹岸団地を上空から撮影した写真を切り並べて接写している。1/20000地図とともに保存されていた集成写真の元写真である。3つの箱には「演習林 昭和6.6.」と書かれており、番号は南東から順番に付けられていた。八ツ切(152×254 mm)写真27(もとは無番であった)は、四ツ切(254×305 mm)写真25と写真26の間にできた隙間を埋める場所が撮影されている。
樺太航空写真集成写真25
古丹岸団地を上空から撮影した写真を切り並べて接写している。1/20000地図とともに保存されていた集成写真の元写真である。3つの箱には「演習林 昭和6.6.」と書かれており、番号は南東から順番に付けられていた。八ツ切(152×254 mm)写真27(もとは無番であった)は、四ツ切(254×305 mm)写真25と写真26の間にできた隙間を埋める場所が撮影されている。
樺太航空写真集成写真26
古丹岸団地を上空から撮影した写真を切り並べて接写している。1/20000地図とともに保存されていた集成写真の元写真である。3つの箱には「演習林 昭和6.6.」と書かれており、番号は南東から順番に付けられていた。八ツ切(152×254 mm)写真27(もとは無番であった)は、四ツ切(254×305 mm)写真25と写真26の間にできた隙間を埋める場所が撮影されている。
樺太航空写真集成写真27
古丹岸団地を上空から撮影した写真を切り並べて接写している。1/20000地図とともに保存されていた集成写真の元写真である。3つの箱には「演習林 昭和6.6.」と書かれており、番号は南東から順番に付けられていた。八ツ切(152×254 mm)写真27(もとは無番であった)は、四ツ切(254×305 mm)写真25と写真26の間にできた隙間を埋める場所が撮影されている。
〔正門〕
〔水害当時の研究室付近〕
〔水害復旧作業完了後の研究室付近〕
〔池〕
池鯉鮒駐在所ニテ ケアカミヅキ(□)の樹皮
ガラス乾板封筒「池鯉鮒駐在所ニテ ケアカミヅキ(□)ノ樹皮」
池鯉鮒駐在所ににおける仮装記念撮影(武田久吉・伊東匡・入沢重彦), 1931-01-01
ガラス乾板封筒「池鯉鮒駐在所ニテ 假[ヵ]装記念撮影」/演習林集報26 p.161 図3 右下「記念撮影」(1931年1月1日 「長野さん(巡査)から武田先生に生蕃の頭目の盛装を贈ったので武田先生が生蕃、伊東が頭目の妻、入沢が護衛の巡査の仮装で記念撮影をした。」) / 京大百年史 12-4
池鯉鮒駐在所より東方を望む
ガラス乾板封筒「池鯉鮒駐在所ヨリ東方ヲの望ム」 キャプションの前に鉛筆でマル
池鯉鮒駐在所 森林景観
ガラス乾板封筒「池鯉鮒駐在所 森林景観」 キャプションの前に鉛筆でマル/台湾演習林施業案-15 と類似/同一か。「15.警備線道路 (南鳳山附近)(カヽル伐採地ニハ屢々うらじろたらのきノ著シキ進入ヲ見ル」 / 演習林集報26 写真40 「南鳳山警備線道路付近の林相」
沖縄 首里城 瑞泉門における学生ら5人の記念写真
河岸に迫る洪積地の針葉樹林と沖積地の闊葉樹林
写真カード樺太-048 キャプション「番號:01253/棚1/凾4/洪積地ニ於ケルえぞ、とゞ林ト沖積地ニ於ケルやなぎ林及ビ洪積地ノ侵蝕サレン狀況。(六軒家)/樺太」/演習林報告2号キャプション「河岸ニ迫レル洪積地ノ針葉樹林ト沖積地ノ闊葉樹林」
河畔のオノエヤナギ、キヌヤナギの若木(背景はドロヤナギ等の壮年樹)
ガラス乾板封筒に内容記載なし 黒マジックで「O-11」。1928年概要掲載写真のキャプションは「河畔ノ「ヲノヘヤナギ」「キヌヤナギ」ノ若木(背景ハ「ドロヤナギ」等ノ壯年樹)」 演習林報告2号 第四十六圖 「古丹岸河畔ノをのへやなぎ、きぬやなぎの若木(背景ハどろやなぎ等ノ壯年樹)」
海岸台地グイマツ林伐採跡地のヤナギランの群落
演習林報告2号 「海岸臺地ぐいまつ林伐採跡地ノやなぎらんノ群落」