台湾演習林
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三合から荖濃渓をへだてて対岸の山を望む
ガラス乾板封筒「三合、対岸(荖濃渓ヲヘダテヽ)ノ山ヲ望ム」 /台湾演習林植物調査報告1931-23 と類似(別写真)
三合渓が老濃渓に合流する付近の河原から渓を隔ててその西方を見る, 1930-12-31
報告1931 第十七圖 キャプション「三合渓ガ老濃渓ニ合流スル附近ノ河原カラ渓ヲ隔テヽソノ西方ヲ見ル。」/演習林集報26号 写真17 キャプション「三合渓が老濃渓に合流する付近の河原から渓を隔ててその西方を見る」
三合渓におけるオニヘゴ
ガラス乾板封筒「三合渓 オニヘゴ」 封筒右上にマジックで「6」 封筒中央右寄りに鉛筆で「375」と書いて消し線
三合渓,規那造林地より大原を望む, 1931-01-03
報告1931 第十一圖 キャプション「三合渓規那造林地ヨリ大原ヲ望ム」/演習林集報26号 写真11 キャプション「三合渓,規那造林地より大原を望む」
中心崙付近からみた卑南主山と南方の山
ガラス乾板封筒「中心崙附近 卑南主山南方ノ山」 封筒右上にマジックで「3」 封筒中央右寄りに鉛筆で「389」と書いて消し線
中心崙駐在所付近の樹林
報告1931 第七十四圖/日付、撮影者裏面記載なし キャプション「中心崙駐在所附近ノ樹林。」/演習林集報26号 写真74 キャプション「中心崙駐在所付近の樹林」
写真54の撮影位置よりさらに北進してより見たる濁口渓の上流付近の植相である。白く見ゆるは皆草生地で右下に見ゆる家屋はバリサン社の駐在所である, 1930-12-27
報告1931 第五十五圖/バリサンにアンダーライン キャプション「上圖ノ撮影位置ヨリ更ニ北進シテヨリ見タル濁口渓ノ上流附近ノ林相デアル。白ク見ユルハ皆草生地デ右下ニ見ユル家屋ハバリサン社ノ駐在所デアル。」/演習林集報26号 写真55 キャプション「写真54の撮影位置よりさらに北進してより見たる濁口渓の上流付近の植相である。白く見ゆるは皆草生地で右下に見ゆる家屋はバリサン社の駐在所である」
写真57に於いて示されたるタイワンハンノキの純林をさらに近くの渓南山駐在所から見たものである。この純林は崩壊跡地に生じたもので年齢はほぼ同一にして胸高直径30~50cmあり(渓南山), 1930-12-29
報告1931 第五十九圖 キャプション「第五十七圖ニ於テ示サレタルたいわんはんのきノ純林ヲ更ニ近クノ渓南山駐在所カラ見タモノデアル。此ノ純林ハ崩壊跡地ニ生ジタモノデ年令ハ略同一ニシテ胸高直径30-50cmあり。(渓南山) 」/演習林集報26号 写真59 キャプション「写真57に於いて示されたるタイワンハンノキの純林をさらに近くの渓南山駐在所から見たものである。この純林は崩壊跡地に生じたもので年齢はほぼ同一にして胸高直径30~50cmあり(渓南山)」
写真71焼跡の上部界である(藤枝付近), 1930-12-29
報告1931 第七十二圖 キャプション「上図焼跡ノ上部界デアル。」/演習林集報26号 写真72 キャプション「写真71焼跡の上部界である(藤枝付近)」
写真9の基部を示す(大原), 1931-01-03
報告1931 第十圖 キャプション「上圖ノ基部ヲ示ス (大原)」/演習林集報26号 写真10 キャプション「写真9の基部を示す(大原) 」
〔写真欠損〕樺太演習林農地楠山29号に於て羆射殺 2.11.1/作業員と捕獲されたヒグマ/樺太演習林において射殺されたヒグマ(1927), 1927-11-01
*写真なし*付箋「本文マル24」:京大百年史 p.525 写真12-14(樺太演習林)作業員と捕獲されたヒグマ か
刺竹(尾庄), 1930-12-21
写真14 報告1931 第十四圖 キャプション「刺竹 (尾庄)」/演習林集報26号 キャプション「刺竹(尾庄)」
卑南主山および石山(鳳岡山より), 1930-12-26
報告1931巻頭写真2枚目 キャプション「卑南主山及ビ石山 (鳳崗山ヨリ)」 写真裏面メモ「鳳崗山ヨリ石山・ピナンシェ山ヲ望ム 左方の斜面ハ朝日山ニシテソノ草地ハ見附駐在所ノアル所ナリ」/演習林集報26号 図4 1P-2 キャプション「卑南主山および石山(鳳岡山より)」
卑南主山(渓南山東草生地より), 1930/12/28
報告1931巻頭写真1枚目 キャプション「卑南主山(渓南山東草生地ヨリ)」 写真裏面メモ「渓南山駐在所東方草生地ヨリ ピナンシュ山ヲ望ム/演習林集報26号 図4 1P-1 キャプション「卑南主山(渓南山東草生地より)」
南鳳山警備線道路付近の林相, 1930-12-26
報告1931 第四十圖 キャプション「南鳳山警備線附近ノ林相」 /演習林集報26号 写真40 キャプション「南鳳山警備線道路付近の林相」/ガラス乾板台湾1-8 封筒「池鯉鮒駐在所 森林景観」 台湾演習林施業案-15 と類似/同一か。「15.警備線道路 (南鳳山附近)(カヽル伐採地ニハ屢々うらじろたらのきノ著シキ進入ヲ見ル」
同。捲縮を始めつつあるもの(頭剪山駐在所付近), 1930-12-27
報告1931 第六十六圖 キャプション「同上。捲縮ヲ始メツツアルモノ。 (頭剪山駐在所附近)」/演習林集報26号 写真66 キャプション「同。捲縮を始めつつあるもの(頭剪山駐在所付近)」
同。果実を有する枝, 1931-12-23
報告1931 第二十一圖/「1930/12/23」の記載ミス キャプション「同上 果実を有する枝(くわ科)」/演習林集報26号 写真21 キャプション「同。果実を有する枝」
同。正常なる場合(渓南山), 1930-12-29
報告1931 第六十五圖 キャプション「同上。正常ナル場合。 (渓南山)」/演習林集報26号 写真65 キャプション「同。正常なる場合(渓南山)」
同。殆ど中心部。常緑樹は写真60に比して多く侵入しその成長も良好である(渓南山), 1930-12-29
報告1931 第六十一圖 キャプション「同上。殆ンド中心部。常緑樹ハ上圖ニ比シテ多ク侵入シソノ成長モ良好デアル。 (渓南山) 」/演習林集報26号 写真61 キャプション「同。殆ど中心部。常緑樹は写真60に比して多く侵入しその成長も良好である(渓南山)」
大原の一部, 1931-01-03
報告1931 第十二圖 キャプション「大原ノ一部」/演習林集報26号 写真12 キャプション「大原の一部」
大原苗圃 タイワンシオジ(シマトネリコ)樹皮
ガラス乾板封筒「大原苗圃 タイワンシオジ(シマトネリコ)樹皮」
大原苗圃におけるタイワンセンダンバボダイジュ
ガラス乾板封筒「大原苗圃 タイワン センダンバボダイジュ」 封筒右上にマジックで「8」 封筒中央右寄りに鉛筆で「364」
大原苗圃におけるフカノキ
ガラス乾板封筒「大原苗圃 フカノキ」 封筒右上にマジックで「9」 封筒中央右寄りに鉛筆で「365」と書いて消し線
大樹に着生するカザリシダとオオタニワタリ(扇平), 1930-12
報告1931 第二圖 キャプション「大樹に着生スルかざりしだトおほたにわたり(扇平)」/演習林集報26号 写真2 キャプション「大樹に着生するカザリシダとオオタニワタリ(扇平) 」
大樹に着生するカザリシダとオオタニワタリ。攀じ登れるはクズモダマ,この辺の林下にはクワズイモが多い(中心崙), 1930-12-29
報告1931 第三圖 キャプション「大樹に着生スルかざりしだトおほたにわたり。攀ヂ登レルハくずもだま。此ノ辺ノ林下ニハくはずいもガ多イ (中心崙)」/演習林集報26号 写真3 キャプション「大樹に着生するカザリシダとオオタニワタリ。攀じ登れるはクズモダマ,この辺の林下にはクワズイモが多い(中心崙) 」
屏東における生蕃の家1
ガラス乾板封筒「屏東 生蕃ノ別荘」 封筒中央右寄りに鉛筆で「323」と書いて消し線
屏東における生蕃の家2
ガラス乾板封筒「屏東 生蕃ノ別荘」 封筒中央右寄りに鉛筆で「325」と書いて消し線
屏東における生蕃の家3
ガラス乾板封筒「屏東 生蕃ノ別荘」 封筒中央右寄りに鉛筆で「324」と書いて消し線
山出苗の掘取り, 1940
キャプション「山出苗ノ掘取リ」左上に赤ラインの付箋紙、赤ペンで「マル19グラビア」/2006年8月19日京都新聞「戦争とマラリア」に掲載された