紙焼き写真 Photographic prints
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内村式電気椪積機
写真及び書き込みによって構成されている. 京大演習林以外も含む国内外の森林施業の様子が撮影されている.
写真 No.20 林木の倍数体育成試験成果 A:普通のメタセコイア B:メタセコイアの4倍体 C:ラクウショウの4倍体
紙焼き(プリント)された写真を貼り付けたり収納したりした冊子アルバム.
写真54の撮影位置よりさらに北進してより見たる濁口渓の上流付近の植相である。白く見ゆるは皆草生地で右下に見ゆる家屋はバリサン社の駐在所である, 1930-12-27
報告1931 第五十五圖/バリサンにアンダーライン キャプション「上圖ノ撮影位置ヨリ更ニ北進シテヨリ見タル濁口渓ノ上流附近ノ林相デアル。白ク見ユルハ皆草生地デ右下ニ見ユル家屋ハバリサン社ノ駐在所デアル。」/演習林集報26号 写真55 キャプション「写真54の撮影位置よりさらに北進してより見たる濁口渓の上流付近の植相である。白く見ゆるは皆草生地で右下に見ゆる家屋はバリサン社の駐在所である」
写真57に於いて示されたるタイワンハンノキの純林をさらに近くの渓南山駐在所から見たものである。この純林は崩壊跡地に生じたもので年齢はほぼ同一にして胸高直径30~50cmあり(渓南山), 1930-12-29
報告1931 第五十九圖 キャプション「第五十七圖ニ於テ示サレタルたいわんはんのきノ純林ヲ更ニ近クノ渓南山駐在所カラ見タモノデアル。此ノ純林ハ崩壊跡地ニ生ジタモノデ年令ハ略同一ニシテ胸高直径30-50cmあり。(渓南山) 」/演習林集報26号 写真59 キャプション「写真57に於いて示されたるタイワンハンノキの純林をさらに近くの渓南山駐在所から見たものである。この純林は崩壊跡地に生じたもので年齢はほぼ同一にして胸高直径30~50cmあり(渓南山)」
写真71焼跡の上部界である(藤枝付近), 1930-12-29
報告1931 第七十二圖 キャプション「上図焼跡ノ上部界デアル。」/演習林集報26号 写真72 キャプション「写真71焼跡の上部界である(藤枝付近)」
写真カード台湾
紙焼き写真(プリント)を収めた. 紙焼き写真には, 1葉ごとに台紙やカードへ貼付したもの, アルバム冊子, ばらばらに存在するもの, がある. ここでは基本的に各写真へ注目し, 1葉ごとの写真を配した. たとえば, アルバムへ編集され1ページ(または1丁)に複数葉の写真が含まれているばあい, ページ(丁)内の写真を接写して1葉の写真を抽出した写真が含まれる. なお, すべての写真をページ(丁)から抽出できているわけではない. アルバムのページ(丁)のまま本項目下へ提示している分もあることに留意されたい. 複数の写真を1ページ(丁)への貼付・レイアウトは, 文書・記録としての編集意図の表現といえるため, 文書資料の項目へも重複して提示している.
写真9の基部を示す(大原), 1931-01-03
報告1931 第十圖 キャプション「上圖ノ基部ヲ示ス (大原)」/演習林集報26号 写真10 キャプション「写真9の基部を示す(大原) 」
〔写真欠損〕メタセコイア 8年生
紙焼き(プリント)された写真を貼り付けたり収納したりした冊子アルバム.
〔写真欠損〕和歌山演習林の事務所附近全景 上湯川より約3kmの上流近井にあり、附近は人家3戸の僻地である。
紙焼き(プリント)された写真を貼り付けたり収納したりした冊子アルバム.
[写真欠損]学生の実習 造林、経理、測樹、運材などの実習にたえず利用される 森林経理学実習(長治谷作業所)
『演習林概要』(1957年)写真No.7/農学部70年史 p.712 「芦生演習林における森林経理学実習(1957)」/京大百年史 p.535 写真12-22「学生実習(昭和30年頃)」/緑アルバム1957_2 の写真は剥がされていて欠損。百年史作成時のコピーを挟んでおり、画像はそのコピーからトリミングした。
〔写真欠損〕学生の實驗実習 密度効果試験(指導四手井教授)
紙焼き(プリント)された写真を貼り付けたり収納したりした冊子アルバム.
〔写真欠損〕朝鮮演習林付近三丁里廣岩の大欅 2年7月27日, 1927-07-27
写真及び書き込みによって構成されている. 京大演習林以外も含む国内外の森林施業の様子が撮影されている.
〔写真欠損〕朝鮮演習林内三丁里碧宵峰 2年7月27日 豊田〔三郎〕、日比〔昌〕、大槻, 1927-07-27
写真及び書き込みによって構成されている. 京大演習林以外も含む国内外の森林施業の様子が撮影されている.
〔写真欠損〕樺太演習林農地楠山29号に於て羆射殺 2.11.1/作業員と捕獲されたヒグマ/樺太演習林において射殺されたヒグマ(1927), 1927-11-01
*写真なし*付箋「本文マル24」:京大百年史 p.525 写真12-14(樺太演習林)作業員と捕獲されたヒグマ か
〔写真欠損〕<白浜試験地ネガ整理番号 053-14>
紙焼き(プリント)された写真を貼り付けたり収納したりした冊子アルバム.
刺竹(尾庄), 1930-12-21
写真14 報告1931 第十四圖 キャプション「刺竹 (尾庄)」/演習林集報26号 キャプション「刺竹(尾庄)」
北條技師 荒木〔寅三郎〕総長 加藤技師/大正十五年八月二十二日 木曽小川御料林に於て, 1926-08-22
写真及び書き込みによって構成されている. 京大演習林以外も含む国内外の森林施業の様子が撮影されている.
北海道演習林事務所全景 構内の一部を見本園として内外の樹種をあつめている。
紙焼き(プリント)された写真を貼り付けたり収納したりした冊子アルバム.
千輪山頂附近ノ峰通(海抜髙900m)ヨリ演習林、亜屯川左岸一帯右岸一分ヲ望ム 左方ハ亜屯山.ソノ中腹白キハ昭和九年度ニ於ケル焼跡地、右岸廣キ曲線的ニナレル白キ部分ハ昭和八年度ニ於ケル焼跡地(3枚連続写真の右側)
千輪山頂附近ノ峰通(海抜髙900m)ヨリ演習林、亜屯川左岸一帯右岸一分ヲ望ム 左方ハ亜屯山.ソノ中腹白キハ昭和九年度ニ於ケル焼跡地、右岸廣キ曲線的ニナレル白キ部分ハ昭和八年度ニ於ケル焼跡地(3枚連続写真の左側)
千輪山頂附近ノ峰通(海抜髙900m)ヨリ演習林、亜屯川左岸一帯右岸一分ヲ望ム 左方ハ亜屯山.ソノ中腹白キハ昭和九年度ニ於ケル焼跡地、右岸廣キ曲線的ニナレル白キ部分ハ昭和八年度ニ於ケル焼跡地(3枚連続写真の真ん中)
千輪山頂附近(海抜髙約900m)西北面 はひまつ林帶ニえぞまつ、とどまつ、さうしかんば散生
卑南主山および石山(鳳岡山より), 1930-12-26
報告1931巻頭写真2枚目 キャプション「卑南主山及ビ石山 (鳳崗山ヨリ)」 写真裏面メモ「鳳崗山ヨリ石山・ピナンシェ山ヲ望ム 左方の斜面ハ朝日山ニシテソノ草地ハ見附駐在所ノアル所ナリ」/演習林集報26号 図4 1P-2 キャプション「卑南主山および石山(鳳岡山より)」
卑南主山(渓南山東草生地より), 1930/12/28
報告1931巻頭写真1枚目 キャプション「卑南主山(渓南山東草生地ヨリ)」 写真裏面メモ「渓南山駐在所東方草生地ヨリ ピナンシュ山ヲ望ム/演習林集報26号 図4 1P-1 キャプション「卑南主山(渓南山東草生地より)」
南鳳山警備線道路付近の林相, 1930-12-26
報告1931 第四十圖 キャプション「南鳳山警備線附近ノ林相」 /演習林集報26号 写真40 キャプション「南鳳山警備線道路付近の林相」/ガラス乾板台湾1-8 封筒「池鯉鮒駐在所 森林景観」 台湾演習林施業案-15 と類似/同一か。「15.警備線道路 (南鳳山附近)(カヽル伐採地ニハ屢々うらじろたらのきノ著シキ進入ヲ見ル」
古丹岸團地 德ノ沢前、崖地ヨリ南方きばらり川両岸、ノ闊葉樹林ヲ望ム
古丹岸團地 德ノ沢対岸崖地ヨリ德ノ沢流域天然林相ヲ望ム.所々白ク見エル樹木ハ虫害枯木(連続写真の右側)
古丹岸團地 德ノ沢対岸崖地ヨリ德ノ沢流域天然林相ヲ望ム.所々白ク見エル樹木ハ虫害枯木(連続写真の左側)
古丹岸團地 見晴望楼ヨリ別小走山(西南)ヲ望ム
古丹岸團地、見晴望楼上ヨリきばらり川流域ヲ望ム、後方峯通リハとつ川流域
台湾 旗山公園下チーク 二十一年生●尺八寸 シヤム種 田代あ宝義亜路浅生搬入 頂郡は曽て風折ノ害を被く 塩田儀手● 昭和四円十月写 ●●, 1929-10-99
*挟み込まれている
同上群叢の一部(同上近接地)/其の附近は盗伐跡地にしてダケカンバ並其他の闊葉樹のみ残され、サイシュウモミは点在するに過ぎず、併其処にはその稚樹が頭を出し始めている。
施業案写真帳のキャプション「仝上群叢ノ一部(仝上近接地)/其ノ附近ハ盗伐跡地ニシテだけかんば並其他ノ闊葉樹ノミ残サレ、さいしうもみハ点在スルニ過ギス、併其処ニハソノ稚樹ガ頭ヲ出シ始メテヰル。」
同。捲縮を始めつつあるもの(頭剪山駐在所付近), 1930-12-27
報告1931 第六十六圖 キャプション「同上。捲縮ヲ始メツツアルモノ。 (頭剪山駐在所附近)」/演習林集報26号 写真66 キャプション「同。捲縮を始めつつあるもの(頭剪山駐在所付近)」