1959 ゴリラ(Gorilla).::[ネガ]
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[19コマ目]「休息する調査隊」, 1959年.
河合解説「〔場所〕キソロ村,〔資料内容〕山から下りてきて、休息する。村の子どもがよってくる。左から、少年、バグ。ガジュガミ(少年)、河合、ルーベン、ペテ、ダイク君」
[19コマ目]「湖底の風景」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アンボセリ野生動物保護区,〔資料内容〕干上がったアンボセリ湖底。地平線の森はあたかも湖水につかっているように見える。旅人は水があると錯覚し、水を求めて歩き続けることがあると言う」
[19コマ目]「船つき場」, 1959年.
河合解説「〔場所〕マーチソンフォールズ国立公園(ウガンダ),〔資料内容〕筏に乗せて、ジープを対岸へ運ぶ」
[19コマ目]「隊員二人」, 1959年.
河合解説「〔場所〕カフジ山麓,〔資料内容〕左から、水原、河合」
[20コマ目]「×」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[20コマ目]「×」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[20コマ目]
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[20コマ目]「アカオザル(1)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ウガンダ クィーン・エリザベス国立公園管理事務所,〔資料内容〕アカオザル」
[20コマ目]「コブ牛の群れ(2)」, 1959年5月.
河合解説「〔場所〕モンバサ-ナイロビ,〔資料内容〕放牧牛の大群が珍しかった」
[20コマ目]「ナイロビ国立公園の入口」, 1959年5月.
河合解説「〔場所〕ナイロビ郊外,〔資料内容〕ナイロビの近くにある」
[20コマ目]「ヌーの雄」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アンボセリ野生動物保護区,〔資料内容〕アンボセリ湖の干上がった湖底に、ヌーが二頭いた」
[20コマ目]「ネスト」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムガヒンガ,〔資料内容〕地上に作ったベッド(シルバーバックのものか?)」
[20コマ目]「マサイキリン(9)」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕ケニヤ」
[20コマ目]「ムガヒンガ調査」, 1959年.
河合解説「〔資料内容〕左より水原、バグ、ペテ。背景の山はムガヒンガ」
[20コマ目]「大地溝帯を下に見る(1)」, 1959年5月.
河合解説「〔場所〕ケニア」
[20コマ目]「山の斜面の道」, 1959年.
河合解説「〔場所〕カフジールビロの道路,〔資料内容〕山の斜面を通る道」
[20コマ目]「渡船に憩う」, 1959年.
河合解説「〔場所〕マーチソンフォールズ国立公園(ウガンダ),〔資料内容〕河合雅雄(渡船にて)」
[20コマ目]「疎開林」, 1959年.
河合解説「〔場所〕キソロ村,〔資料内容〕ムハブラの麓は、森を伐って疎開林にする。畑も作る」
[20コマ目]「道行く人」, 1959年6月.
河合解説「〔場所〕キソロの近く,〔資料内容〕荷物は女が持つ」
[21コマ目]「×」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[21コマ目]「×」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[21コマ目]
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[21コマ目]「アカオザル(2)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ウガンダ クィーン・エリザベス国立公園管理事務所,〔資料内容〕一夫多妻型の群れを作る」
[21コマ目]「オオノガン」, 1959年5月.
河合解説「〔場所〕キソロの近く,〔資料内容〕首の太いオオノガンがいた。(湿地にいる)」
[21コマ目]「シマウマとヌー」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アンボセリ野生動物保護区,〔資料内容〕アンボセリ湖の干上がった湖底」
[21コマ目]「ジャイアントセロリ」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムガヒンガ,〔資料内容〕ゴリラの主食の一つ。セロリとは言え、高さは2mにもなる」
[21コマ目]「ナイロビ国立公園」, 1959年5月.
河合解説「〔場所〕ナイロビ国立公園,〔資料内容〕ゲートを入った所」
[21コマ目]「マサイ族」, 1959年5月.
河合解説「〔場所〕ツァボの近く,〔資料内容〕マサイ族を初めて見る」
[21コマ目]「大地溝帯を下に見る(2)」, 1959年5月.
河合解説「〔場所〕ケニア」
[21コマ目]「樹上のネスト(1)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムハブラ,〔資料内容〕枝を折り曲げて作る」
[21コマ目]「水を運ぶ」, 1959年.
[21コマ目]「渡船上にて」, 1959年.
河合解説「〔場所〕マーチソンフォールズ国立公園(ウガンダ),〔資料内容〕水原洋城(渡船の中)」
[21コマ目]「現地の女性たち」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ルビロの近く,〔資料内容〕右の女はあかんぼうを抱いている」
[21コマ目]「調査に出かけるハウエルズ教授たち」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕ムハブラの麓,〔資料内容〕ハウエルズ夫妻とシャラー夫妻はムハブラ山へゴリラを見に行った」
[22コマ目]「×」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[22コマ目]「×」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[22コマ目]「×」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[22コマ目]「×」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[22コマ目]
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[22コマ目]「アフリカゾウの群れ(1)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕マーチソンフォールズ国立公園(ウガンダ)」
[22コマ目]「イリヘレヘレ」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムガヒンガ,〔資料内容〕葉はゴリラの好物。イリヘレヘレはニャロワンダ名」
[22コマ目]「ジープの整備」, 1959年5月.
河合解説「〔場所〕ナイロビ,〔資料内容〕ギャレージへ入れ、点検してもらう」
[22コマ目]「ヌー」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アンボセリ野生動物保護区,〔資料内容〕アンボセリ湖底にて」
[22コマ目]「マサイ族」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アルーシャの近く」
[22コマ目]「ムハブラ山麓の植生」, 1959年.
[22コマ目]「公園の中の道」, 1959年5月.
河合解説「〔場所〕ナイロビ国立公園」
[22コマ目]「樹上のネスト(2)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムハブラ,〔資料内容〕樹上のネスト。2つ並んでいる。原則として古いネストは使わない。毎晩新しいネストを作る」
[22コマ目]「水を運ぶ若い女(1)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕キソロ村,〔資料内容〕バックはムハブラ山。足に銅輪をはめている」
[23コマ目]「×」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.