1959 ゴリラ(Gorilla).::[ネガ]
1002 コレクションおよび/またはレコード 表示:
[23コマ目]
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[23コマ目]「アフリカゾウの群れ(2)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕マーチソンフォールズ国立公園(ウガンダ)」
[23コマ目]「イルサック職員の家」, 1959年.
[23コマ目]「グランドシマウマ(1)」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アンボセリ野生動物保護区」
[23コマ目]「サイザル麻の花(1)」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕ケニア,〔資料内容〕ナイロビから南下する道の風景。家はキクユ族。サイザル麻で藪を作る」
[23コマ目]「ハタオドリの巣」, 1959年5月.
河合解説「〔場所〕ナイロビ国立公園」
[23コマ目]「マサイの男(1)」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アルーシャの近く」
[23コマ目]「ムガヒンガ山(3477m)」, 1959年.
[23コマ目]「ムハブラの基地」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムハブラ,〔資料内容〕山の中腹にある調査基地」
[23コマ目]「樹上のネスト(3)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムハブラ,〔資料内容〕ネストの数で、群れが何頭か、ほぼわかる」
[23コマ目]「母と子」, 1959年5月.
河合解説「〔場所〕モンバサ-ナイロビ,〔資料内容〕たぶんキクユ族の女だろう」
[23コマ目]「水を運ぶ若い女(2)」, 1959年.
[23コマ目]「領事館」, 1959年5月.
河合解説「〔場所〕ナイロビ,〔資料内容〕左は栗田領事夫人」
[24コマ目]「×」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[24コマ目]「×」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[24コマ目]「×」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[24コマ目]「×」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[24コマ目]「×」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[24コマ目]
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[24コマ目]「グランドシマウマ(2)」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アンボセリ野生動物保護区」
[24コマ目]「サイザル麻の花(2)」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕ケニア」
[24コマ目]「サビニオ山(3647m)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕キソロ村より」
[24コマ目]「サビニオ山遠望」, 1959年.
[24コマ目]「マサイの男(2)」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アルーシャの近く,〔資料内容〕写真を撮らせてれと交渉する。黙って撮ると石をぶつけられる」
[24コマ目]「放牧牛」, 1959年5月.
河合解説「〔場所〕モンバサ-ナイロビ,〔資料内容〕マサイ族の牛」
[24コマ目]「領事館」, 1959年5月.
河合解説「〔場所〕ナイロビ,〔資料内容〕左は領事夫人、右は水原。ブーゲンビリアの花が美しい。当時は領事館しかなかった」
[24コマ目]「食痕(1)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムハブラ,〔資料内容〕筍を食べた痕。竹の皮がちらばっている」
[25コマ目]「?」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[25コマ目]
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[25コマ目]「IRSAC(イルサック=ベルギー国立コンゴ自然科学研究所)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ルビロ,〔資料内容〕白亜の殿堂といってよい建物」
[25コマ目]「アカシアとユーホロビア」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕クィーン・エリザベス国立公園,〔資料内容〕ユーホロビアは有毒なので、動物は食べない」
[25コマ目]「カンムリヅル(1)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムタンダ湖,〔資料内容〕ムタンダ湖の湿地にいるカンムリヅル」
[25コマ目]「グランドシマウマ(3)」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アンボセリ野生動物保護区」
[25コマ目]「ゴリラの糞」, 1959年.
河合解説「〔資料内容〕かなり乾いている。何日前のものか?」
[25コマ目]「サバンナを走る」, 1959年5月.
河合解説「〔場所〕ナイロビ国立公園」
[25コマ目]「パラロッジ」, 1959年.
河合解説「〔場所〕マーチソンフォールズ国立公園(ウガンダ),〔資料内容〕泊まり客はわずかだった」
[25コマ目]「ボーイたち」, 1959年.
河合解説「〔場所〕トラベラーズ・レスト,〔資料内容〕トラベラーズ・レストのボーイたち」
[25コマ目]「マサイ族の女」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アルーシャの近く,〔資料内容〕マサイの女はおしゃれだ。首にはビーズで編んだ首輪をはめ、イヤリングをつけている。頭の毛は剃る」
[25コマ目]「風景」, 1959年5月.
河合解説「〔場所〕ケニア,〔資料内容〕一路目的地へ」
[25コマ目]「食痕(2)」, 1959年.
[25コマ目]「駅の風景」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕ケニア,〔資料内容〕モンバサ-ナイロビ-カンバラに鉄道が敷設されている。駅とはいえ、ステーションはない」
[26コマ目]「×」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[26コマ目]「×」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[26コマ目]「?」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[26コマ目]
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[26コマ目]「カフジ山」, 1959年.
[26コマ目]「カンムリヅル(2)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムタンダ湖,〔資料内容〕カンムリヅルはウガンダの国鳥に指定」
[26コマ目]「キクユ族の家」, 1959年5月.
河合解説「〔場所〕ケニア ナイロビ近郊」
[26コマ目]「ゴリラを撮る(1)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムハブラ,〔資料内容〕目視でははっきりゴリラ像がとらえられるが、写真では前の木や竹が邪魔になって、ゴリラは映らない」
[26コマ目]「シェルの給油所」, 1959年.
河合解説「〔場所〕カンパラ市(?),〔資料内容〕こういう給油所は大都市のみ。ガソリン(ペトロール)の会社は、シェル、モービル、B.P.カルテックスが入っている」