1959 ゴリラ(Gorilla).::[ネガ]
1002 コレクションおよび/またはレコード 表示:
[26コマ目]「ヌーとグランドシマウマ」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アンボセリ野生動物保護区,〔資料内容〕しばしばヌーとグランドシマウマの混群が見られる」
[26コマ目]「バンブー林に入る道(1)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕サビニオ山麓,〔資料内容〕バンブー林へ入る道(中央の黒い部分)」
[26コマ目]「ユーホロビア」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕クィーン・エリザベス国立公園」
[26コマ目]「植物園入り口」, 1959年5月.
河合解説「〔資料内容〕ツァボにある小さな植物園」
[27コマ目]「×」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[27コマ目]「×」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[27コマ目]「×」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[27コマ目]
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[27コマ目]「カフジ山麓」, 1959年.
[27コマ目]「カンパラ市」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕ウガンダ,〔資料内容〕カンパラ市(ウガンダの首都)」
[27コマ目]「カンムリヅル(3)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムタンダ湖,〔資料内容〕飛翔、優美な鳥だ」
[27コマ目]「ゴリラを撮る(2)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムハブラ,〔資料内容〕シャッターは押したが、ひどい手ぶれ!」
[27コマ目]「ドグエラヒヒ」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕クィーン・エリザベス国立公園,〔資料内容〕ドクエラヒヒの群れ」
[27コマ目]「バンブー林」, 1959年.
河合解説「〔場所〕サビニオ山麓,〔資料内容〕竹が密生しているので、ゾウの道しか歩けない」
[27コマ目]「バンブー林に入る道(2)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕サビニオ山麓,〔資料内容〕バンブーは密生していて、歩けないが、ゾウが通った道がついている」
[27コマ目]「マサイ族」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アンボセリ(ケニア),〔資料内容〕左:マサイのモラン」
[27コマ目]「ヤシ」, 1959年5月.
河合解説「〔場所〕植物園,〔資料内容〕ヤシの一種」
[27コマ目]「ユーホロビア」, 1959年5月.
河合解説「〔場所〕ケニア,〔資料内容〕大地溝帯を望む」
[28コマ目]「×」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[28コマ目]「×」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[28コマ目]「×」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[28コマ目]
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[28コマ目]「カンムリヅル(4)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムタンダ湖」
[28コマ目]「クロサイ(1)」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アンボセリ野生動物保護区,〔資料内容〕この頃は、まだクロサイはたくさんいた(しかし今は、激減し、絶滅の恐れがある)」
[28コマ目]「ゴリラを撮る(3)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムハブラ,〔資料内容〕こんな写真ばっかり!現像してみてがっかり」
[28コマ目]「ドグエラヒヒ」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕クィーン・エリザベス国立公園」
[28コマ目]「バンブー林に入る道(3)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕サビニオ山麓」
[28コマ目]「下鶴助教授」, 1959年.
河合解説「〔場所〕カフジ山への途中,〔資料内容〕同行した九大の下鶴助教授(地震学)」
[28コマ目]「国立公園入園者への注意」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アンボセリ」
[28コマ目]「王宮」, 1959年.
河合解説「〔場所〕カンパラ市,〔資料内容〕小山の上に王宮がある」
[28コマ目]「記念写真」, 1959年5月.
河合解説「〔場所〕植物園,〔資料内容〕左から水原、河合」
[29コマ目]「×」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[29コマ目]
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[29コマ目]「カフジ山」, 1959年.
[29コマ目]「カンパラ市」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕ウガンダ,〔資料内容〕カンパラ市のどこか。不明」
[29コマ目]「カンムリヅル(5)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムタンダ湖,〔資料内容〕バックの山はムガヒンガ」
[29コマ目]「キクユ族の家」, 1959年5月.
河合解説「〔場所〕ナイロビ郊外」
[29コマ目]「クロサイ(2)」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アンボセリ野生動物保護区」
[29コマ目]「ゴリラを撮る(4)」, 1959年.
[29コマ目]「バンブー林に入る道(4)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕サビニオ山麓,〔資料内容〕目印に、竹を斜めにして置く」
[29コマ目]「マサイキリンの群れ(1)」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アンボセリ動物保護区」
[29コマ目]「マサイのモラン(戦士)」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アンボセリ,〔資料内容〕モランは独特の髪型をする」
[29コマ目]「ロベリア」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムハブラ,〔資料内容〕高所に生える。ゴリラは大好物」
[29コマ目]「管理人と」, 1959年5月.
河合解説「〔場所〕植物園,〔資料内容〕ツァボの植物園にて」
[30コマ目]「×」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[30コマ目]「?」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[30コマ目]「×」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[30コマ目]
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[30コマ目]「アンボセリ湖底」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アンボセリ,〔資料内容〕アンボセリ湖は乾季には干上がり、ジープは湖底を走る」