1959 ゴリラ(Gorilla).::[ネガ]
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[30コマ目]「クロサイ(3)」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アンボセリ野生動物保護区,〔資料内容〕通常は単独生活者。繁殖期に短期間、雄・雌が一緒に暮らす」
[30コマ目]「バッファローの群れ」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕クィーン・エリザベス国立公園」
[30コマ目]「マサイキリンの群れ(2)」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アンボセリ動物保護区,〔資料内容〕7頭もの群れはめったに見られない」
[30コマ目]「ムハブラとムガヒンガ」, 1959年.
河合解説「〔場所〕キソロ村,〔資料内容〕どちらもマウンテンゴリラの生息地」
[30コマ目]「レストランのボーイ」, 1959年5月.
河合解説「〔場所〕ナイロビ」
[30コマ目]「竹林」, 1959年.
河合解説「〔場所〕カフジ山麓,〔資料内容〕ここのゴリラのも筍をよく食べる」
[30コマ目]「鉄道(1)」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕カンパラ市,〔資料内容〕カンパラ(ウガンダ)-ナイロビ(ケニア)-モンバサに鉄道が通っている。蒸気機関車」
[31コマ目]「×」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[31コマ目]「×」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[31コマ目]
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[31コマ目]「クロシロゲレザの子ども」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アンボセリ動物保護区」
[31コマ目]「ゴリラの足跡」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムハブラ,〔資料内容〕くっきりと大地に印されいるのは人の足跡。その小指跡の右に印されているのがゴリラの後肢の指の跡」
[31コマ目]「ゴリラを撮る(5)」, 1959年.
[31コマ目]「コンゴの人々」, 1959年.
河合解説「〔場所〕カフジ山への道,〔資料内容〕たぶんマルシェからの帰路だろう。買物を持っている。頭に荷をのせない」
[31コマ目]「ダチョウの雄と雌」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アンボセリ野生動物保護区」
[31コマ目]「ハタオドリ」, 1959年5月.
河合解説「〔場所〕モンバサ街道,〔資料内容〕アカシアに造られたハタオドリの巣」
[31コマ目]「マサイキリンの群れ(3)」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アンボセリ動物保護区」
[31コマ目]「鉄道(2)」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕カンパラ市」
[32コマ目]「×」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[32コマ目]「×」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[32コマ目]「ウォーターバックの雌グループ」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アンボセリ野生動物保護区」
[32コマ目]「クロサイ」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アンボセリ動物保護区,〔資料内容〕クロサイは激減し、保護に力を入れている」
[32コマ目]「ゴリラのいる森(1)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムハブラ(ムガヒンガ?),〔資料内容〕まるでジャングル。この中にゴリラがいても分からない」
[32コマ目]「ゴリラを撮る(6)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムハブラ,〔資料内容〕撮れているはずなのに!」
[32コマ目]「コンゴの人々」, 1959年.
河合解説「〔場所〕カフジ山への途中の道,〔資料内容〕荷物は肩に背負う」
[32コマ目]「サバンナを走る道」, 1959年5月.
河合解説「〔場所〕モンバサ街道,〔資料内容〕道はアスファルト舗装。延々と一直線の道が続く」
[32コマ目]「マーケット風景」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕カンパラ市,〔資料内容〕手づくりのバスケットを売っている。それを見ている河合」
[32コマ目]「マサイキリンの群れ(4)」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アンボセリ動物保護区」
[33コマ目]「×」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[33コマ目]「×」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[33コマ目]「アフリカゾウ(1)」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アンボセリ野生動物保護区,〔資料内容〕雌グループを作る。雄も雌も牙をもつ」
[33コマ目]「アンボセリのロッジ」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アンボセリ動物保護区,〔資料内容〕ここは暑くマラリアにかかるから要注意」
[33コマ目]「ゴリラのいる森(2)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムハブラ(ムガヒンガ?),〔資料内容〕この中からシルバーバックは見ていて、人が近づくと”グワーッ”と咆?して威嚇する」
[33コマ目]「ゴリラの頭骨標本(1)」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕マケレレ・カレッジ,〔資料内容〕カンパラには総合大学のマケレレカレッジがある。ゴリラの頭骨標本がたくさんあった」
[33コマ目]「コンゴの人々(男たち)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕カフジ山への途上,〔資料内容〕女は伝統的な衣装をつけているが、男は洋装だ」
[33コマ目]「ツァボ国立公園の入り口(?)」, 1959年5月.
河合解説「〔場所〕ツァボ国立公園,〔資料内容〕ツァボ国立公園の入口の建物と思われる(?)」
[33コマ目]「パイプライン」, 1959年.
[33コマ目]「マウンテンゴリラの雌の剥製」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕ナイロビ コリンドル博物館,〔資料内容〕ナイロビのコリンドン博物館(現 ナイロビ国立博物館)は、動物の生態展示で有名」
[34コマ目]「×」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[34コマ目]「アフリカゾウ(2)」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アンボセリ野生動物保護区,〔資料内容〕アンボセリ野生動物保護区はゾウがたくさんいる」
[34コマ目]「アンコーレ牛」, 1959年.
河合解説「〔場所〕カフジ山への途上」
[34コマ目]「ゴリラのいる森(3)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムハブラ(ムガヒンガ?)」
[34コマ目]「ゴリラの頭骨標本(2)」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕マケレレ・カレッジ,〔資料内容〕雄のおとなの頭骨。頭の上に刺状突起(Cresta sagitalis)があるのが特徴。眉上隆起も顕著」
[34コマ目]「考古学資料展示」, 1959年5月.
河合解説「〔場所〕コリンドン博物館,〔資料内容〕古人骨、石器等よく集めてある。(コリンドン博物館=現ナイロビ国立博物館)」
[34コマ目]「落葉」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムハブラ,〔資料内容〕落葉した木もあった(たぶん6~7月)。ゴリラの山のフェノロジーはわからない」
[34コマ目]「調査用のジープ」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕ナイロビ」
[34コマ目]「隊員」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アンボセリ動物保護区,〔資料内容〕左から河合、水原、保護官」
[35コマ目]「×」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[35コマ目]「?」
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[35コマ目]「アフリカゾウ(3)」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アンボセリ野生動物保護区」