1959 ゴリラ(Gorilla).::[ネガ]
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[9コマ目]「荷揚げ」, 1959年5月.
河合解説「〔場所〕モンバサ港,〔資料内容〕荷物総ぞろえ」
[9コマ目]「調査行」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムハブラ,〔資料内容〕左から、観光客のダイク君、河合、カジュガミ、ルーベン、バグ」
[9コマ目]「調査行」, 1959年.
河合解説「〔場所〕カヨンザの森,〔資料内容〕先頭はチガ族のムタハジ(村のチーフが推薦してくれたガイド。背広を着て威張っているが全く無能)、ついで水原」
[9コマ目]「長老」, 1959年.
河合解説「〔場所〕キソロ村,〔資料内容〕キソロ村の長老」
[10コマ目]
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[10コマ目]
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[10コマ目]
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[10コマ目]「アフリカゾウの群れ(2)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕マーチソンフォールズ国立公園(ウガンダ),〔資料内容〕水は鼻での飲み、それを口へ入れる」
[10コマ目]「エドワード湖畔(1)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ウガンダ クィーン・エリザベス国立公園」
[10コマ目]「ガジュガミ(2)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムハブラ基地」
[10コマ目]「ゴリラ?(1)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムハブラ,〔資料内容〕ゴリラを撮ったが、はっきりしない。真中の白い斑文状のものがシルバーバックの背中か?」
[10コマ目]「ゴリラのネスト」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムハブラ,〔資料内容〕竹の上部を曲げて組み、ベッドを作る。この上で寝ると弾力があって快い」
[10コマ目]「ジョージ・シャラー夫妻(1)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕キソロ村,〔資料内容〕ジョージ・シャラーと妻のケート。ミケノ山とカリシンビ山で2年間マウンテンゴリラの生態を研究」
[10コマ目]「トゥワ族のガイド」, 1959年.
河合解説「〔場所〕カヨンザの森,〔資料内容〕ピグミーのトゥワ族のガイド。名はカシェンゲ」
[10コマ目]「トラベラーズレスト」, 1959年.
河合解説「〔場所〕キソロ村,〔資料内容〕トラベラーズレストの食堂」
[10コマ目]「ナクル湖遠望」, 1959年5月.
河合解説「〔場所〕ケニア」
[10コマ目]「マサイのモラン」, 1959年.
河合解説「〔場所〕アンボセリ(ケニア)」
[10コマ目]「マサイの男(1)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕アルーシャの近く,〔資料内容〕常に槍をはなさない」
[10コマ目]「マサイ族の家」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アンボセリ,〔資料内容〕壁は牛の糞と枯草をまぜて作った粘土状のもの」
[10コマ目]「ムハブラ山麓の植生」, 1959年.
[10コマ目]「モスフォレストの調査」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムハブラ,〔資料内容〕ムハブラとムガヒンガのサドルの奥は、モスフォレストがある。左から、ルーベン、水原、カジュガミ」
[10コマ目]「モンバサ街道(1)」, 1959年5月.
河合解説「〔場所〕モンバサ街道,〔資料内容〕一路ナイロビへ。舗装路はサバンナの中を直線で走る」
[10コマ目]「基地のサドルハット」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムハブラのサドル,〔資料内容〕右の2人は観光客」
[10コマ目]「大地溝帯」, 1959年5月.
河合解説「〔場所〕ケニア,〔資料内容〕大地溝帯を望む。土産売りの少年」
[10コマ目]「水がめを運ぶ」, 1959年.
河合解説「〔場所〕キソロ村,〔資料内容〕水がめを運ぶゲンザボ。水を入れると大変重い。草でふたをする」
[10コマ目]「洗濯」, 1959年.
河合解説「〔場所〕キソロ村,〔資料内容〕洗濯は大好きだ」
[10コマ目]「竹藪」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムハブラ,〔資料内容〕竹林の中、ゴリラを撮ったはずだが、うつっていない」
[10コマ目]「荷揚げ」, 1959年5月.
河合解説「〔場所〕モンバサ港,〔資料内容〕はしけを伝い、荷を運ぶ」
[10コマ目]「調査」, 1959年.
河合解説「〔場所〕カフジ山,〔資料内容〕竹林が多かった。前方の人はIRSAC(イルサック=ベルギー国立コンゴ自然科学研究所)にきていた九大の下鶴大介助教授」
[10コマ目]「調査行(ムハブラ山)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムハブラ,〔資料内容〕蘚苔林。サルオガゼのような地衣類がぶら下がっている。先頭ピーター、次ルーベン」
[10コマ目]「食痕」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムガヒンガ,〔資料内容〕キノコの食いちらし」
[11コマ目]
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[11コマ目]
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[11コマ目]「アフリカゾウの群れ(3)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕マーチソンフォールズ国立公園(ウガンダ)」
[11コマ目]「アンコーレ牛」, 1959年.
本資料は, 1959年に行われた「財団法人日本モンキーセンター第二次ゴリラ探検」[調査地;ウガンダ・コンゴ・ルアンダ(マウンテンゴリラ)]の際に撮影されたものである. 調査団には, 河合雅雄(代表), 水原洋城が参加していた.
[11コマ目]「エドワード湖畔(2)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ウガンダ クィーン・エリザベス国立公園」
[11コマ目]「カフジ山麓の山地林」, 1959年.
河合解説「〔場所〕カフジ山,〔資料内容〕下生えもぎっしりで歩くのも困難だった」
[11コマ目]「ゴリラ?(2)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムハブラ,〔資料内容〕バンブー林」
[11コマ目]「ゴリラのネスト」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムハブラ,〔資料内容〕竹を折り曲げて作ったネスト。立っているのはペテ。人よりも高い」
[11コマ目]「シャンドルキャンプ」, 1959年.
河合解説「〔場所〕キソロ村,〔資料内容〕ムハブラの麓にある、石造の小舎。イギリス人が造ったという今は廃居」
[11コマ目]「ジョージ・シャラー夫妻(2)」, 1959年.
[11コマ目]「パイプライン」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムハブラ,〔資料内容〕サドルの湿地からの水路。パイプラインと呼ぶ」
[11コマ目]「ポーター2人」, 1959年.
河合解説「〔場所〕ムハブラ基地,〔資料内容〕左からガジュガミとゲンザボ。ゲンザボがくわえているのは自作の竹製のパイプ」
[11コマ目]「マサイのモラン」, 1959年.
河合解説「〔場所〕アンボセリ(ケニア)」
[11コマ目]「マサイの母子」, 1959年8月.
河合解説「〔場所〕アンボセリ,〔資料内容〕あかんぼうは背中に背負う。よく犬を飼っている」
[11コマ目]「マサイの男(2)」, 1959年.
河合解説「〔場所〕アルーシャの近く」
[11コマ目]「ムハブラ山麓の植生」, 1959年.
[11コマ目]「モンバサ街道(2)」, 1959年5月.
河合解説「〔場所〕モンバサ街道,〔資料内容〕丘から谷へ、谷から丘へと道はスウィッチバックしながら走る」