4:研究資料(テーマ別)Research materials by subject,1807–2001::不比等論争
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不比等論争, 資料記載による., 1973-05
不比等論争, 1971-1990
藤原不比等に関連する研究ノート,手書き原稿,抜刷,冊子,写真等,計15件から構成される.
原稿(不比等関係)
内容は以下のとおり.(1)釁字考.(2)I.不比等論の視点.(3)あとがき.(4)藤原氏独裁への道.(5)(本文より)「…ところで,記紀神代巻と藤原氏とのかかわりを考察するうえで,私が注目したいと思うのは,国家形成をテーマとする後半の部分なのである.…」.(6)第三章 天皇制前史.(7)第四章 記紀のライトモチーフ.(8)(本文より)「つまり,『続日本紀』の聖武紀に,「皇后宮」の用例が□例みえるが,例外なく,場所の意味に用いられているのである.念のために,その用例をつぎに列挙してみよう.…」.(9)(本文より)「記紀神代巻の物語を,右のように「国生み」と「国作り」の物語とに大きく二分する考え方と,記紀の神統譜を...マノハラ系とネノクニ系に二系統にま...考え方とを組みあわせてみると,記紀□...に登場するあらゆる神々は,つぎに挙げる四つの...ゴリ―のいずれかに属することになる.…」.
壬申の乱, 発行日による., 1987-10-07
飛鳥資料館図録第18冊.目次は以下のとおり.(1)原色図版.(2)本文.(3)凡例.(4)高市皇子挽歌.(5)壬申の乱.(6)壬申の乱と豪族達.(7)壬申の乱関連遺跡概説.(8)壬申の乱の武装.(9)壬申の乱関連古代文献史料.
[(大和法華寺維摩像 十一面観音)フィルム]
藤原不比等に関連する研究ノート,手書き原稿,抜刷,冊子,写真等,計15件から構成される.
天皇家と藤原家:神々の体系(5), 表紙記載による., 1971-10
『歴史と人物:中央公論』, 10月号, p.95-p.120.内容は以下のとおり.「律令体制の完成過程における不比等の役割の検討を通して両家の位置と比重を推理する」.(1)改むまじき常典.(2)持統体制と不比等体制.(3)藤原レジームの歴史的位置づけ.
日本書紀を掘る, 発行日による., 1990-10-03
飛鳥資料館図録第23冊.内容は以下のとおり.(1)原色図版.(2)単色図版.(3)本文.(4)凡例.(5)日本書紀の舞台.(6)飛鳥発掘史.(7)日本書紀の遺跡.
特別史跡 多胡碑, 発行日による., 1980-09-01
冊子の目次は以下のとおり.(1)まえがき.(2)一. ひつじさま.(3)二.多胡碑の説明.(4)多胡碑付近の略図.
藤原不比等年譜
内容は以下のとおり.(1)藤原不比等年譜.(2)続日本紀宣命の分類.(3)年譜の注.
藤原不比等研究ノート(1), 表紙記載による., 1974-08-25
内容は以下のとおり.(1)宇奈太理坐高御魂神社.(2)平安遺文・古文書編第二巻.(3)「平安遺文」所載 菟足社関係文書.(4)「東大寺別当次第」(群類正第4集,巻第56).(5)「穴栗」の名称.(6)穴栗社探訪, 1974.9.3.(7)大化以降の神紙体系(1974.9.4).(8)菟足社資料(逆年代順).(9)9月26日,春日庄研究文献.(10)10月16日,日中比較制度史.貼り付けられた名刺は,堀川俊(春日大社),堀池春峰(奈良大学教授),千鳥祐佶(春日大社禰宜),上野道善(東大寺図書館),堀岡直昭(蜂岡中学 理科の先生),朧谷壽(平安博物館 助教授).貼り付けられたはがき,手紙差出人は,田中卓,森本公誠,南都仏教研究会,千鳥祐倫.
藤原不比等研究ノート(2), 表紙記載による., 1974-10-16
内容は以下のとおり.(1)埋もれた巨像(構成).(2)「埋もれた巨像」制作過程.貼り付け資料の内容は以下のとおり.はがき,手紙の差出人は,吉井巌,平岡武夫,石尾芳久,岩波書店出版部.雑誌切り抜きは,「「日本書紀」疑惑,門脇禎二(p.264-p.265)」.新聞記事内容は以下のとおり.「平城宮跡の東院区域,造営時から宮域内に,国立文化財研 拡張説くつがえす, 1977年(昭和52年)10月8日,朝日新」,「華麗だった東院跡の庭園池,平城宮,曲線と高低,自然石の岩山, S.51.11.19(ヨミウリ夕刊)」,「春日大社に築地べい跡,「コ」の字に本殿囲む, S.52.2.6(アサヒ)」,「最古の築地べい,定説覆す遺構,春日大社, 1977.4.5(ヨミウリ)」,「春日の築地,中村春寿,大社の境内を取り囲むコの字型の土盛り,神社建築史の常識は覆された, S.52.6.30(毎日)」.貼り付けのPPCは,「平城宮跡第99次発掘調査現地説明資料, 1976年11月27日,奈良国立文化財研究所平城宮跡発掘調査部」.
[複写物]三重県国崎におけるアワビの資源管理
刊行物の一部(「IV-12」の記載あり).ページはp.486-p.491.内容は以下のとおり.(1)国崎のアワビ漁業の概要.(2)漁業管理と規制の方法.(3)漁場管理の方法.
記紀のイデオロギー:神々の体系(3), 表紙記載による., 1971-06
臨時増刊『歴史と人物3:中央公論』, p.86-p.104.内容は以下のとおり.「皇室の権威を正統化するための書といわれる記紀は律令国家の形成過程とどう関わったか」.(1)イデオロギーとしての記紀.(2)記紀成立期の歴史的位置づけ.(3)藤原氏独裁体制の基礎づくり.
[(阿武山古墳)写真]
タイトル入りのモノクロ写真.(以下タイトル抜粋)「棺内頭部玉枕」,「棺内頭部状態ー頭蓋と金糸」,「(2)石室内面観ー棺臺」,「(3)西側より見た阿武山」,「墓被覆用塼及柏葉」.
高倉山古墳見学願書, 資料記載による., 1972-06-16
「神宮司廳」宛.(本文より抜粋)「日本古代史及び神祇史研究のため,高倉山古墳並び山林を見学致し度く,此の段御願申上げます.」