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4:研究資料(テーマ別)Research materials by subject,1807–2001::藤原鎌足墓所考證

 主題
件名:ソース: Ku Peek

10 コレクションおよび/またはレコード 表示:

藤原鎌足の通説に挑む, 発行日による., 1971-07-10

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資料番号: FoLs MSS 2015/02/07-07-02
範囲と内容

『歴史読本』,「特集 太陽の古蹟」,第16巻第8号, p.121-p.136.内容は以下のとおり.「大織冠の謎,阿武山古墳より発見された千数百年前の貴人の遺骸は,間違いなく藤原鎌足だ!,梅原猛」.(1)乾漆の棺と遺骸.(2)藤原鎌足説を否定した報告書.(3)揺らぐ不定説の文献的根拠.(4)記紀の秘密と中臣氏.(5)唯一の遺品「玉枕」の謎.(6)鎌足の遵法精神と大織冠.

日付: 発行日による.; 1971-07-10

藤原鎌足墓所考證, 1936-1971

 サブシリーズ
資料番号: FoLs MSS 2015/02/07-07

[複写物]多武峯略記上

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資料番号: FoLs MSS 2015/02/07-07-06

[複写物]多武峯縁起(群書類聚本)

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資料番号: FoLs MSS 2015/02/07-07-05
範囲と内容

表紙に手書きで「多武峯縁起,(群書類聚本)」とある.内容は「群書類從本巻第四百三十六,撿挍保己一集」, p.430-p.439.(本文より)「群書類從本巻第四百三十六,撿挍保己一集,釋家部十二,多武峯縁起〔旧本眞書体〕,藤氏始祖大織冠内大臣諱鎌足.者.天児屋根命廿一世孫.小徳冠中臣御食子卿長子也...」.

日付: 1936-1971

[複写物]摂津に於ける藤原鎌足阿威山墓を否定し併して其大私多武峯改葬説をも否認す 他ニ篇

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資料番号: FoLs MSS 2015/02/07-07-09
範囲と内容

表紙に手書きで「考古学雑誌第四巻第八号,第六巻第四号,摂津に於ける藤原鎌足阿威山墓を否定し併して其大和多武峯改葬説をも否認す,他二編,谷井済一」とある.内容は以下のとおり.「摂津に於ける藤原鎌足阿威山墓を否定し併して其大和多武峯改葬説をも否認す,谷井済一」.一.諸言.二.藤原鎌足阿威山墓を否定す.三.藤原鎌足多武峯改葬説を否認す.四.結論.「再たび藤原鎌足の及び藤原不比等の墓所に就いて,谷井済一」 一.緒言.二.十陵四墓の一として選定せられし多武峯墓は不比等の墳墓なるべき事.三.所謂不比等椎岡墓俚傳三本松に就いて.四.附言.「多武峯墓に就きて谷井氏に答ふ,文学博士 喜田貞吉」.

日付: 1936-1971

[複写物]摂津の古墳墓

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資料番号: FoLs MSS 2015/02/07-07-04
範囲と内容

表紙に手書きで「考古学雑誌 第四巻第八号 第七巻第七号,摂津の古墳墓,梅原末治」とある.内容は以下のとおり.「摂津の古墳墓 梅原末治」.一 今城家と三島藍野陵と.二 今城塚の陪塚の就いて.三 耳原村の方形墳.四 藤原鎌足公の阿威山墓.五 土室村附近の古墳と発見遺物と.ほか.「摂津に於ける藤原鎌足阿威山墓を否定し併して其大和多武峯改葬説をも否認す,谷井濟一」.一 緒言.二 藤原鎌足阿威山墓を否定す.「摂津の古墳墓(補遺) 梅原末治」 一 再び前塚に就て.二 二子塚出土の異形埴輪に就て.三 土室村石塚発見の古鏡に就て.四 所謂阿威山墓に就て.五 稲荷山古墳に就て.ほか.

日付: 1936-1971

[複写物]摂津阿武山古墓調査報告, 表紙記載による., 1936-03

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資料番号: FoLs MSS 2015/02/07-07-01
範囲と内容

表紙に手書きで「大阪府史蹟名勝天然紀念物調査報告,第七輯,昭和十一年三月,摂津阿武山古墓調査報告,梅原末治」とある.内容は以下のとおり.(1)摂津阿武山古墓調査報告書.一.序説.二.古墓の位置.三.遺跡の発見と調査の経過.四.古墓の構造.五.夾紵棺と棺内の遺骸.六.後記:遺跡の性質と其の年代.(2)附録.第一 阿武山古墳人骨の人類学的研究,京都帝国大学教授医学博士,淸野謙次,同 医学部講師医学士,三宅宗悦.第二 阿武山古墳の乾漆棺内に於いて発見されたる布片,京都帝国大学教授医学博士,淸野謙次,同 医学部講師医学士,三宅宗悦.第三 阿武山古墳の漆喰につきて,上村六郎.

日付: 表紙記載による.; 1936-03

[複写物]藤原鎌足及び不比等墓所考

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資料番号: FoLs MSS 2015/02/07-07-08
範囲と内容

表紙に手書きで「喜田貞吉,藤原鎌足及不比等,墓所考」とある.内容は以下のとおり.一.諸言.二.多武峯に鎌足不比等両公の墓ありとの説は信ずるに足りず.三.多武峯墓は不比等にして鎌足にあらずとの説は詮鑿不備なり.四.十陵四墓の一として選定せられし多武峯墓は必ず鎌足のなるべき事.五.鎌足を贈太政大臣正一位淡海公といふ事の弁.六.藤原不比等椎岡墓の所在.七.鎌足最初の墳墓と其の改葬の疑問.八.約説.「多武峯墓に就て,本多辰次郎」 緒言.一.十陵四墓の一として選定せられし多武峯墓は必ず不比等の墓なるべし.二.椎岡庿は不比等の火葬所にして,納骨所にあらず.三.藤原氏の祖先といふ事.四.鎌足の墳墓は多武峰の在せざる欤.

日付: 1936-1971

[複写物]藤原鎌足及不比等墓所考の追考

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資料番号: FoLs MSS 2015/02/07-07-07
範囲と内容

表紙に手書きで「歴史地理第二十七巻第二号,藤原鎌足及不比等,墓所考の追考,喜田貞吉」とある.内容は以下のとおり.一.諸言.二.重ねて荷前の奉幣に預かりし多武峯墓が鎌足の墳墓なることを証す(上).三.重ねて荷前の奉幣に預かりし多武峯墓が鎌足の墳墓なることを証す(下).四.不比等の墓が多武峯にありとの説は誤解に基づける事を論す.五.重ねて不比等の墓が佐世保山椎岡に在るべき事を証す.六.多武峯なる鎌足及び不比等の墓と称するものに就きて.七.結論.

日付: 1936-1971

[複写物]阿不幾乃山陵記考証, 資料記載による., 1964-01-20

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資料番号: FoLs MSS 2015/02/07-07-03
範囲と内容

「考古界第五篇第六号,阿不幾乃山陵記考証,田中教忠」, p.1-p.14.

日付: 資料記載による.; 1964-01-20