4:研究資料(テーマ別)Research materials by subject,1807–2001::如意寺
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[複写物]如意寺跡特集
『史迹と美術』, 228号,史迹美術同好会,昭和27年, p.384-p.395.内容は以下のとおり.(1)如意寺とその古図,川勝政太郎.(2)如意ヶ岳山上の石組,佐々木利三.(3)如意寺跡をたづねて,竹村俊則.
[複写物][如意寺関係文献抜粋]
内容は以下のとおり.(1)『日本往来極楽記』.(2)『扶桑京華志』.(3)『雍州府志』.(4)『京都市の地名』.(5)『京都坊目誌』.(6)『佛書觧説大辞典』.(7)『今昔物語巻第十五』.
[複写物][如意寺関係資料]
内容は以下のとおり.(1)「天台宗如意寺門跡歴代」「真言宗金剛峯寺座主歴代」「真言宗金剛峯寺撿挍歴代」の表.(2)園城寺境内絵図.(3)「寺門傅記補録」「三井続灯記」の資料.如意寺僧増祐,往生語第十八.(4)園城寺境内古図「北院」.ステープラーで留められた資料の内容は以下のとおり.(1)如意寺跡位置図.(2)如意寺跡伽藍位置図.(3)園城寺絵図(如意寺)園城寺.貼り付け資料内容は,寺門傅記補録.三井続灯記,ニョイジ如意寺,千手観音立像.
[複写物]室町幕府と北白川城
内容は以下のとおり.(1)天文16・3・29-7・19.(本文より)「廿九日,義晴及ビ義藤,細川晴元ヲ撃タントシ,山城北白川城ニ入ル.…」.(2)天文19・6・9-11・21(20).(3)永禄1・6・7-12・3.
[複写物]寺門伝記補録第九
p.248-p.265.内容は以下のとおり.(1)聖願寺.(2)近松寺.(3)尾蔵寺.(4)微妙寺.(5)水観寺.(6)常在寺.(7)三院図説.(8)如意寺図説.(9)三井四至.(10)世喜寺縁起.
[複写物]常在寺北院[ならびに]平家物語巻第四
内容は以下のとおり.(1)(常在院北院より)「常在時.平等院大儈正行尊大阿闍梨草創.三井修験道霊場也.大儈正顕蜜修験三宗梁棟.特好於抖擻.甞追曩祖大師遺蹤攀大峯葛城嶮峻.討熊野三山幽深...」.(2)(平家物語巻第四より)「宮は高倉を北へ,近衛を東へ,賀茂河をわたらせ給て,如意山へいらせおはします.昔淸見原の天皇のいまだ東宮の御時,賊徒におそはれさせ給ひて,吉野山へいらせ給ひけるにこそ,をとめのすがたをばからせ給ひけるなれ.いま此君の御おりさまも,それにはたがはせ給はず.…」.
[複写物]平安時代山岳伽藍の調査研究:如意寺跡を中心として, 表紙記載による., 1991-03
内容は以下のとおり.(1)はじめに.(2)遺構.(3)出土遺物,第1図 石段平面図及び断面図.(4)まとめ.(5)如意寺本堂地形図.(6)第2図 出土遺物 瓦類(1).(7)第3図 出土遺物 瓦類(2).(8)第4図 出土遺物 瓦類(3).(9)第5図 出土遺物 土器類.(10)第6図 出土遺物 大黒堂出土の土器類.(11)古絵図.
[複写物]明治十七~二十二年 参謀本部陸軍部測量局地図
内容は以下のとおり.(1)「本堂,住吉明神礼拝石,法華堂,延寿堂,武内社...」の手書き地図.(2)「本堂跡,宝厳院跡...」が書き込まれた,「1/25,000x141%」の地図.
[複写物]第2回 如意寺研究会, 資料記載による., 1989-06-13
第2回 如意寺研究会(p.1-p.34).(本文より)「森,上山,梶川,梅村,木村,鈴木,家崎,泉」による議事録.(本文より)「森 お待たせいたしました.ただ今から第2回如意寺研究会を始めさせていただきます.初めに今日御出席の皆様方を御紹介申し上げます.右周りで,まず,京都市埋蔵文化財研究所理事の木村捷三郎先生です.御専門は考古学,とくに瓦研究の第一人者でございます.…」.
[複写物]細川氏略系図,足利一門略系図, 資料記載による., 1983-10-28
内容は以下のとおり.(1)細川氏略系図,足利一門略系図,諸氏略系図.(2)細川氏と足利幕府. I足利将軍家系図. II戦国時代の将軍. III細川京兆家系図. IV戦国時代の細川京兆家. V戦国畿内の主要事件.
[複写物]近江国輿地志略巻之十三,十二 滋賀郡 園城寺
赤線部分は以下のとおり.(1)微妙寺, p.107.,先手観音堂, p.107.(2)常在寺, p.107.(3)御影川, p.98.(4)現在谷, p.98.(5)金光院, p.99.
[複写物]阿娑縳抄 諸寺略記上
内容は以下のとおり.(1)『阿娑縳抄』, p.272-p.273.(2)『以脇坂本為底本』,「平氏略,桓武天皇」の家系図.