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高橋, 健治, 1903-1947

 個人

3 コレクションおよび/またはレコード 表示:

1931年 AACK創設 富士山で極地法登山, [昭和6年(1931) 5月24日, アカデミッシェルアルペンクルブ・ツーキョウト(京都学士山岳会)創設.]., [1931-05-24/1932-01-08.]

 シリーズ
資料番号: AACK MIXED 2013/1 / 31EST
範囲と内容 AACK創設と富士山での極地法登山に関する資料. 1)ヒマラヤ登山をおこなうための山岳会アカデミッシェルアルペンクルブ・ツーキョウト(京都学士山岳会)は1931年5月24日創設された. クラブの設立発会式は京大楽友会館において開催され, 会長に京都帝大旅行部部長を務めていた郡場寛農学部教授が就任した. 郡場は以前から就任していた国の学術研究会議会員の資格で32年に欧州・中米・南米・北米の長期視察旅行に出張を命ぜられたため, 同年木原均が2代目会長に就いた。創立当初, 会員は京大旅行部, 三高山岳部を中心とする20数名であった. 2)設立後最初の山行として1931年12月26日~32年1月8日富士山大沢口で極地法登山の訓練をおこなった. 富士駅からトラックで上井手まで, そこから馬で荷物を運び, 大沢南岸近く高度約1450mに本拠のCⅠを建設, 頂上稜線のCⅤまで前進キャンプを作った. 支援隊, 登頂隊がそれぞれ荷揚げとルート工作を繰り返し, 頂上では4日間にわたる幕営をおこなった. 隊の運営方法, 装備品・食糧などを研究した....
日付: [昭和6年(1931) 5月24日, アカデミッシェルアルペンクルブ・ツーキョウト(京都学士山岳会)創設.].; [1931-05-24/1932-01-08.]

1932年 樺太学術探検隊, [1932年7月~9月.]

 シリーズ
資料番号: AACK MIXED 2013/1 / 32KAR
範囲と内容

樺太東北山脈未踏地域の踏査と登山を目的とした遠征に関する資料.

1932年7月~9月. 軍事機密として地図入手不可能な南樺太ロシア国境近くの東北山脈を探検的興味に惹かれて訪れた. 鉄道駅シスカ(敷香、現在のポロナイスク)発、東北山脈に入り北上、北緯50度のロシア国境沿いににしへ向かう. 高度1000mほどと思われる米倉山と沖見山に登ったが、頂上には期待に反して一等三角点があった. 約1300mの最高峰登頂を試みるつもりだったが、国境線がどのように走っているか分からず諦めた. アブや蚊におおいに悩まされた. 熊は南アルプス案内人竹澤長衛も撃ち取るのに失敗した.

[関係者名] 今西錦司(隊長), 西堀栄三郎, 高橋健治, 四手井綱彦, 田中喜左衛門, 竹澤長衛, 京都学士山岳会.

日付: [1932年7月~9月.]

1934年 白頭山, [1934年12月~35年1月.]

 シリーズ
資料番号: AACK MIXED 2013/1 / 34HAK
範囲と内容 白頭山2744m厳冬期初登頂を目的とした遠征に関する資料. AACKと京都帝大旅行部合同で1934年12月~35年1月朝鮮半島最北部の白頭山2744mの厳冬期初登頂を目指した. 鉄道恵山線惠山鎮から自動車で100km奥の胞胎里に進み、12月29日同地を徒歩で出発した. 複数の偵察隊を出して前進ルートを確定しつつ、31日白頭本澤の高度1430mにベースキャンプを設営した. 1月4日、6日、7日にそれぞれ第Ⅰ~第Ⅲの突撃隊がBCを出発した. 7日に隊長ら第1突撃隊が最高峰の大正峰に登頂した. 10日天池畔宗徳寺野営地から層岩2737mに3人が登頂したほか、白岩2741mに2人登頂、大正峰に2人が第2登するなど、その他の隊もそれぞれの任務と目標をほぼ完全に成し遂げた. 15日BCを撤収、京城(ソウル)を経由して21日帰京した. [関係者名] 今西錦司(隊長 理学部講師), 西堀栄三郎(理学部講師), 高橋健治(理学部), 浅井東一(医学部), 宮崎武夫(大阪市), 奥 貞雄(法学士), 平吉 功(農学部),...
日付: [1934年12月~35年1月.]