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加藤, 泰安, 1911-1983

 個人

8 コレクションおよび/またはレコード 表示:

1934年 白頭山, [1934年12月~35年1月.]

 シリーズ
資料番号: AACK MIXED 2013/1 / 34HAK
範囲と内容 白頭山2744m厳冬期初登頂を目的とした遠征に関する資料. AACKと京都帝大旅行部合同で1934年12月~35年1月朝鮮半島最北部の白頭山2744mの厳冬期初登頂を目指した. 鉄道恵山線惠山鎮から自動車で100km奥の胞胎里に進み、12月29日同地を徒歩で出発した. 複数の偵察隊を出して前進ルートを確定しつつ、31日白頭本澤の高度1430mにベースキャンプを設営した. 1月4日、6日、7日にそれぞれ第Ⅰ~第Ⅲの突撃隊がBCを出発した. 7日に隊長ら第1突撃隊が最高峰の大正峰に登頂した. 10日天池畔宗徳寺野営地から層岩2737mに3人が登頂したほか、白岩2741mに2人登頂、大正峰に2人が第2登するなど、その他の隊もそれぞれの任務と目標をほぼ完全に成し遂げた. 15日BCを撤収、京城(ソウル)を経由して21日帰京した. [関係者名] 今西錦司(隊長 理学部講師), 西堀栄三郎(理学部講師), 高橋健治(理学部), 浅井東一(医学部), 宮崎武夫(大阪市), 奥 貞雄(法学士), 平吉 功(農学部),...
日付: [1934年12月~35年1月.]

1935年 中部大興安嶺, [1935年12月30日〜1936年2月1日.]

 シリーズ
資料番号: AACK MIXED 2013/1 / 35GKA
範囲と内容

厳冬期中部大興安嶺踏査を目的とした遠征に関する資料.

京都帝大旅行部. 1935年12月30日満州(現在は中国東北地区)ハイラル駅につき、1月2日同地を、隊員8人、馬夫ら18人、2頭立て馬橇15台で出発した. 中部大興安嶺西面に発する伊敏河に沿って南進、厳寒のなか製材会社小屋に泊まり、あるいは携行した吊り下げ式天幕を張るなどして、源流域に近づく. BC、ACを設営した後、1936年1月18日中部大興安嶺最高峰、落葉松林におおわれた1835mの台地状の山に加藤、郡場、吉井の3人がスキーで登頂した. 1月23日ハイラル帰着. 2月1日神戸に帰還。

[関係者名] 加藤泰安(隊長 経済学部学生), 岩橋清次郎(経済学部学生), 児島勘次(理学部学生), 水川求禮雄(医学部学生), 郡場正之(理学部学生), 吉井良三(理学部学生), 磯村克次(工学部学生), 竹澤藤太郎(案内人), 京都帝大旅行部.

日付: [1935年12月30日〜1936年2月1日.]

1938年 モンゴル行, [(1)1938年7月25日〜8月21日. (2)1938年8月16日〜10月10日.]

 シリーズ
資料番号: AACK MIXED 2013/1 / 38MGL
範囲と内容 察哈爾盟南部の調査を目的とした遠征に関する資料. (1)京都帝大旅行部学生班 1938年7月25日神戸港発、30日張家口着. 主として内蒙古察哈爾盟南部、包台營子、羊群廟、多倫などの地区において調査をした. 8月21日張家口歸着. (2)AACK学術調査隊. 38年8月16日神戸港発、天津、北京を経て21日張家口着. 内蒙古の東は熱河から北は錫林郭勒盟のダブス・ノール、西は烏蘭察布盟の百霊廟まで、2ヶ月にわたる自動車旅行で調査した. 9月30日張家口に集結、北京、天津を経て10月10日神戸港歸着. [関係者名] 鈴木 信(隊長 農学部), 西村永三(法学部), 加藤弘三(法学部), 堀内大海(法学部), 喜多豊治(経済学部), 周布光兼(経済学部), 金子 茂(理学部), 今西壽雄(農学部), 木原 均(隊長 農学部), 今西錦司(理学部講師), 浅井東一(理学部嘱託), 大井次三郎(農学部講師), 間直之介(理学部嘱託), 宮崎武夫(大阪市役所), 平吉 功(農学部助手), 加藤泰安(満洲航空), 釣田正哉(文 大学院),...
日付: [(1)1938年7月25日〜8月21日. (2)1938年8月16日〜10月10日.]

1944年 西北研究所 冬のモンゴル行, [1944年9月〜1945年2月.]

 シリーズ
資料番号: AACK MIXED 2013/1 / 44MGL
範囲と内容 モンゴル高原の学術調査を目的とした遠征に関する資料. 1944年4月、今西は蒙古聯合自治政府の首都張家口に設立された西北研究所の所長に就任、日本の敗戦まで1年4ヶ月間その任にあった。同研究所は、日本政府大東亜省の全額補助団体である財団法人蒙古善隣協会に所属. 今西所長のほか、次長は石田英一郎. 主任は第1課(理系)森下正明と第2課(文系)藤枝晃。所員や嘱託として中尾佐助、梅棹忠夫・淳子、磯野誠一・富士子、酒井行雄、甲田和衛らが集っていた. 戦争のさなか蒙彊の地にできた、文理融合の研究者集団であった. 今西はここを拠点に学術探検を繰り広げるつもりで、まず1944年9月6日から翌45年2月26日まで冬季のモンゴル高原へ奥地旅行を敢行した. 今西 加藤泰安 中尾 酒井 和崎洋一 梅棹の隊員は馬やラクダに乗り、寒風吹きすさぶ冬のモンゴルでおこなわれた調査は、それまでの夏にトラックを利用しておこなうという常識を破る画期的なもの. 「その結果は大成功であった. いままで冬のモンゴルをみた日本人はだれもいないのだ....
日付: [1944年9月〜1945年2月.]

1953年 日本山岳会マナスル登山隊, [1953年3月~6月.], [1953-03-01/1953-06-30.]

 シリーズ
資料番号: AACK MIXED 2013/1 / 53MAN
範囲と内容

未踏峰マナスルの初登頂およびネパール学術調査を目的とした遠征に関する資料.

本隊は7750mに到達したが撤退.科学班は生物学・農学・地理学・人類学の調査をおこなった.

[関係者名] 三田幸夫(隊長), 加藤泰安(登山隊), 中尾佐助(科学班), 川喜田二郎(化学班), 日本山岳会ヒマラヤ委員会.

日付: [1953年3月~6月.]; [1953-03-01/1953-06-30.]

1958年 AACKチョゴリザ遠征隊, [昭和33年(1958) 5月2日~12月4日現地で行動. ]

 シリーズ
資料番号: AACK MIXED 2013/1 / 58CHO
範囲と内容

チョゴリザ(7654m)初登頂, 周辺の学術調査を目的とした遠征に関する資料.

[関係者名] 桑原武夫, 加藤泰安, 藤平正夫, 山口克, 脇坂誠, 中島道朗, 平井一正, 岩坪五郎, 高村泰雄, 芳賀孝郎, 今川好則, 潮田三代治, Capt. Anwar Waji, 京都大学学士山岳会.

日付: [昭和33年(1958) 5月2日~12月4日現地で行動. ]

1963年 京都大学西イリアン学術探検予備踏査隊, [先遣隊1963年8月〜10月. 本隊1963年11月~1964年3月26日.]

 シリーズ
資料番号: AACK MIXED 2013/1 / 63SUK
範囲と内容

西イリアン中央高地の学術調査とスカルノ峰(現名ジャヤ山5030m)の登頂を目的とした遠征に関する資料.

先遣隊1963年8月〜10月. 本隊1963年11月~1964年3月26日. 1964年3月1日スカルノ峰(現名ジャヤ山5030m)に登頂(第3登)日本3人インドネシア3人.

[関係者名] 加藤泰安, 安江安宣, 田附重夫, 水瀬昭典, 松田隆雄, 鈴木博之, 瀬戸口烈司, 石毛直道, 藤木高嶺, 本多勝一, 他インドネシア側52人, 京都大学生物誌研究会.

日付: [先遣隊1963年8月〜10月. 本隊1963年11月~1964年3月26日.]

1961.62年 日本・パキスタン合同サルトロ・カンリ遠征登山隊, 1962年4月5日〜9月4日.

 シリーズ
資料番号: AACK MIXED 2013/1 / 62SAL
範囲と内容

サルトロカンリ(7742m)初登頂と周辺の学術調査を目的とした遠征に関する資料.

[1962年4月5日〜9月4日に現地で行動.7月24日サルトロカンリ峰(7742m)に初登頂]

[関係者名] 四手井綱彦, 加藤泰安, 林一彦, 斎藤惇生, 平井一正, 谷 泰, 岩坪五郎, 高村泰雄, 前小屋端, 上尾庄一郎, A.H.Beg, Hyat Ahmad Khan, R.Bashir , Pervez Khan, Capt.Bashir.

日付: 1962年4月5日〜9月4日.