吉井, 良三, 1914-1999
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[16mm映画フィルム, 2-12] ボルネオ 編集ズミ [キナバル.], 1977年.
1935年 中部大興安嶺, [1935年12月30日〜1936年2月1日.]
厳冬期中部大興安嶺踏査を目的とした遠征に関する資料.
京都帝大旅行部. 1935年12月30日満州(現在は中国東北地区)ハイラル駅につき、1月2日同地を、隊員8人、馬夫ら18人、2頭立て馬橇15台で出発した. 中部大興安嶺西面に発する伊敏河に沿って南進、厳寒のなか製材会社小屋に泊まり、あるいは携行した吊り下げ式天幕を張るなどして、源流域に近づく. BC、ACを設営した後、1936年1月18日中部大興安嶺最高峰、落葉松林におおわれた1835mの台地状の山に加藤、郡場、吉井の3人がスキーで登頂した. 1月23日ハイラル帰着. 2月1日神戸に帰還。
[関係者名] 加藤泰安(隊長 経済学部学生), 岩橋清次郎(経済学部学生), 児島勘次(理学部学生), 水川求禮雄(医学部学生), 郡場正之(理学部学生), 吉井良三(理学部学生), 磯村克次(工学部学生), 竹澤藤太郎(案内人), 京都帝大旅行部.
1956年 南極観測はじまる, [1956年11月1958年2月.]
南極の越冬観測を目的とした遠征に関する資料.
東大教授永田武隊長以下53名の第1次観測隊は1956年11月観測船宗谷で日本を出発、南極大陸プリンス・ハラルド海岸に向かった。宗谷は57年1月リュツォーホルム湾に入り、オングル島に基地を作ることを決定。犬橇と雪上車による機材・食料・燃料の輸送が急ピッチでおこなわれた。オングル島に昭和基地を建設、西堀ら11人が第1次越冬隊として1957年2月15日から58年2月24日まで観測調査することに成功した。南極での越冬は日本人初めての経験であり、寒冷地や雪山の生活技術をもつ東京大学、北海道大学、京都大学などの山岳部出身者が初期の段階から観測事業に協力した。
[関係者名] 西堀栄三郎(第1次越冬隊長) , 北村泰一(第1次、第3次越冬隊員) , 伊藤洋平(第1次観測隊員), 吉井良三(第2次観測隊員).
1960年 AACKノシャック遠征隊, [1960年5月30日〜10月20日に現地で行動.8月17日ノシャック峰(7492m)に酒井と岩坪が初登頂].
ワハーン通廊地域予備調査とノシャック峰登路探索を目的とした遠征に関する資料.
[関係者名] 酒戸弥二郎, 吉井良三, 澤田秀穂, 廣瀬幸治, 酒井敏明, 岩坪五郎.
吉井良三博士定年退官記念事業ボルネオ生物相調査., 昭和51年(1976)8月〜10月.
吉井良三博士定年退官記念事業ボルネオ生物相調査に関わる資料を収録した. 標題の調査名は, つぎの文献より採用した: 堀田 満, 豊饒の湿潤熱帯に植物たちをたずねて(4)東南アジアとアフリカ--1975年と1976年, エコソフィア, 2005, 16, p.51.