今西, 壽雄, 1914-1995
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1938年 モンゴル行, [(1)1938年7月25日〜8月21日. (2)1938年8月16日〜10月10日.]
1940年 冬期樺太踏査行, [1939年12月~40年1月.]
犬橇の性能試験 移動無線電話実験 個人の耐寒訓練を目的とした遠征に関する資料.
1939年12月~40年1月 京都帝大旅行部は将来の探検において必要になる犬橇の性能試験、酷寒地における移動無線電話実験、各個人の耐寒訓練を目標として樺太に向かった. 39年末に樺太敷香に集結、魚屋で犬橇研究家である須山と上原の2人、ギリヤーク、オロッコ各1人と橇犬39頭を雇う. 海岸平野上、多来加湖の凍結湖水面上、ツンドラ帯、森林内など異なる環境で犬橇と無電機の試験をおこなった. 「木の組合せを馴鹿の皮でくくり合わせた」原住民のノソ(そりのアイヌ語)、ボルト・ナットなど鉄製部品が多く重量も3倍ほどの和人のノソを試用したが、バランスと悪道における機動力は前者がはるかにまさった.
[関係者名] 藤本 武(隊長 理学部学生), 今西壽雄(農), 中尾佐助(農), 中村成三(法), 秋山忠義(法), 梅棹忠夫(三高生徒), 京都探検地理学会.
1940年 遠征における空地連絡試験, [1940年4月3日~12日. ]
「将来の科学的探検を有効かつ確実ならしむるため」の実験を目的とした遠征に関する資料.
京都学士山岳会は1940年4月3日~12日「将来の科学的探検を有効かつ確実ならしむるため」各種方法でいろいろな連絡実験を、富士山および山麓森林地帯でおこなった。白頭山冬季登山ですでにもちいた無線電話のほかに、飛行機・発煙筒・布板信号・反射鏡信号などを試験した.
[関係者名] 木原 均(隊長), 宮崎武夫, 浅井東一, 今西壽雄(農学部生), 比企 能(経済学部生), 松森富夫(経済学部生), 中尾佐助(農学部生), 中村成三(法学部生), 周布光兼(経済学部生), 池田敏夫(法学部生), 三好俊夫(法学部生), 秋山忠義(農学部生), 中村英碩(農学部生), 藤本 武(理学部生), 木村三郎(農学部生), 岩本直一(文学部生), 石川欽一(毎日新聞社), 横田(東日), 林(毎日), 椎橋(毎日), 志鶴(大每飛行士), 京都大学学士山岳会.
1953年 AACKアンナプルナ遠征隊, [1953年9月〜11月.]
アンナプルナⅡ峰(7937m)および 同Ⅳ峰(7525m)の登頂を目的とした遠征に関する資料.
1953年9月〜11月に現地で行動.Ⅱ峰を南西マディコーラ谷から試登. その後ナムンバンジャン峠(5140m)越えで、北面マルシャンディ谷からⅣ峰に試登. C5(7100m)まで達したが、11月3日ジェットストリームの強風にテントを破られ撤退を強いられた.
[関係者名] 今西寿雄(隊長)38歳, 藤平正夫 28歳, 伊藤洋平 30歳, 舟橋明賢 28歳, 藤村良 26歳, 脇坂誠 27最, 立平宣雄 28歳.
1956年 日本山岳会マナスル登山隊, [1956年3月〜5月.]
1964年 カンチェンジュンガ・ウエスト登山許可取得交渉, [1] 1964年11月5日~12月4日., [2] 1967年3月~6月., [3] 1969年., [4] 1970年10月.
追加の絞り込み:
- 主題
- Nepal 3
- ネパール 3
- 1938年モンゴル行 1
- 1940年冬期樺太踏査行 1
- 1940年遠征における空地連絡試験 1
- 1953年AACKアンナプルナ遠征隊 1
- 1956年日本山岳会マナスル登山隊 1
- 1964年カンチェンジュンガ・ウエスト登山許可取得交渉 1
- Annapurna 1
- Fuji 1
- Kangchenjunga 1
- Manaslu 1
- Yalung Kang 1
- アンナプルナ 1
- カンチェンジュンガ 1
- マナスル 1
- ヤルンカン 1
- 富士山 1
- 樺太 1