川喜田, 二郎, 1920-2009
6 コレクションおよび/またはレコード 表示:
1941年 ポナペ島学術調査, [昭和16年(1941) 7月14日〜10月8日. ]
ワハーン通廊地域予備調査とノシャック峰登路探索を目的とした遠征に関する資料.
1941年7月~10月 京都探検地理学会が将来のニューギニア探検にそなえて熱帯における調査の足ならしと学生会員の訓練のため, ミクロネシア, ポナペ島に調査隊を送った. 7月14日横浜発のパラオ丸に乗船, 途中パラオ, トラック両港に寄り, 7月29日ポナペ港に着いた. 同船はクサイ島, ヤルート環礁など訪れた後8月9日ふたたびポナペに戻り, 浅井ら4人は次の日横浜へ帰港の途についたパラオ丸で故国へ向かった. 今西, 森下, 中尾, 吉良, 梅棹と川喜田の6人は9月24日までポナペで調査を続け, 10月8日横浜に帰港した.
[関係者名] 今西錦司(隊長 理学部講師), 森下正明(農学部), 浅井辰郎(建国大学), 池田敏夫(法学部学生), 秋山忠義(法学部学生), 松森富夫(経済学部学生), 中尾佐助(農学部学生), 吉良龍夫(農学部学生), 梅棹忠夫(理学部学生), 川喜田二郎(文学部学生), 京都探検地理学会.
1942年 北部大興安嶺探検, [1942年5月.]
1951年 京都大学生物誌研究会, [1951年秋発足.]
1953年 日本山岳会マナスル登山隊, [1953年3月~6月.], [1953-03-01/1953-06-30.]
未踏峰マナスルの初登頂およびネパール学術調査を目的とした遠征に関する資料.
本隊は7750mに到達したが撤退.科学班は生物学・農学・地理学・人類学の調査をおこなった.
[関係者名] 三田幸夫(隊長), 加藤泰安(登山隊), 中尾佐助(科学班), 川喜田二郎(化学班), 日本山岳会ヒマラヤ委員会.
1958年 西北ネパール学術調査隊, [1958年6月~12月.
トルボ地方の民族学・生物学調査と未踏峰登山を目的とした遠征に関する資料.
カンジロバ・ヒマールおよびムクト・ヒマールの未踏の山域を踏査,6100m級未踏峰の初登頂を含む登山をおこなった。
[関係者名] 川喜田二郎, 高山龍三, 西岡京治, 小方全弘, 並河 治, 飯島 茂, 曽根原やす夫, 大森 栄.
照葉樹林文化ノート(1), 表紙の記載による., 1976-08
内容は以下のとおり.(1)中国雲南省 文献.(2)ツバキ, 1976.8.22.(3)雲南山茶花図志 (兪徳浚・馮耀宗, 1958).(4)植物を通して見た"野生と文化"(山下正男).(5)新聞記事:「日本語と似ているチベット・ビルマ語 西田達雄」『読売新聞』(夕刊), 1976.12.10. ;「東アジア文化は照葉樹林帯から」『読売新聞』(夕刊), 1976.9.18.ほか.