宮地 , 伝三郎, 1901-1988
個人
並列名
- Miyaji, Denzaburo
- Denzaburō Miyadi
バイオグラフィー
年表:
宮地伝三郎 略歴- 1901-01-26
- 広島県尾道市因島中庄町
- 生誕.
- 1920-04
- 広島県立福山中学校(誠之館)卒業.
- 1925
- 東京帝国大学理学部動物科卒業.
- 1933
- 京都帝国大学理学博士.
- 1936-03
- 京都帝国大学理学部助教授(瀬戸臨海実験所).
- 1942-04
- 京都帝国大学理学部教授(動物学教室).
- 1960-08
- 日本生態学会会長(1971年11月まで).
- 1961-04
- 京都大学理学部部長(1963年4月まで).
- 1964-01
- 京都大学定年退官, 京都大学名誉教授.
- 1964
- 日本モンキーセンター所長(1976年まで).
- 1968
- 朝日賞受賞(宮地伝三郎, 今西錦司を代表とする霊長類研究グループ).
- 紫綬褒章.
- 1971
- 勲二等瑞宝章
- 「霊長類研究と普及活動」により中日文化賞受賞.
- 1988-10-21
- 死去(享年88歳).
1 コレクションまたはレコード 表示:
1951年 京都大学生物誌研究会, [1951年秋発足.]
シリーズ
資料番号: AACK MIXED 2013/1 / 51FFS
範囲と内容
京都大学生物誌研究会発足に関する資料. ヒマラヤ計画のために1951年秋京都大学内に生物誌研究会(Fauna & Flora Research Institute略称FF)が発足する. 「本会は学術に関する調査、探検などの事業を行い」とうたい、並河功を会長に、木原、今西はじめ主に生物系の教官(講師以上)を会員にして、事務局を理学部動物学教室においた. 西堀栄三郎をインド・ネパールに派遣しマナスル登山許可を得るが、これを日本山岳会に委譲した後は、京大からの学術探検計画の元締め的な存在となる. FFが企画立案し、実行は別部隊がするかたちをとった. 総長はじめ大物教授も含めた実力のある団体で、京都探検地理学会の戦後版のようでもあった. マナスル先発隊や本隊の科学班(中尾佐助と川喜田二郎)の成果などを収める下に記す英文報告書3冊を、木原均編、京大生物誌研究会の名で日本学術振興会から1955年から57年まで、毎年1冊ずつ刊行した. これによりFFは海外で存在を知られる。また、日本学術振興会の秩父宮学術賞の第1回をFFが受賞した. Scientific...
日付:
[1951年秋発足.]