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1920~30年代撮影ガラス乾板写真, [大正後年〜昭和初年(1920/1930)]. 大正年間〜昭和初年

 シリーズ
資料番号: TKUM PIC 2011/1 / 1

範囲と内容

1910年代から20年代にかけて, 京都帝国大学の新村出や濱田青陵らは, 京都市内や大阪府茨木市に残されたキリシタン遺物の研究を精力的に進めた. キリシタン大名で名高い高山右近のかつての支配地域における隠れキリシタンの実態解明は, 当時大きな反響を呼んだ. 京都大学総合博物館が所蔵するキリシタン関係ガラス乾板は, こうした調査研究の過程で残されたものである. 1930年に茨木市下音羽で見つかった「マリア十五玄義図」(重要文化財, 京都大学総合博物館蔵)の発見間もない時期の姿や, 今は失われてしまったキリシタン抄物(東家蔵)の一部などを写した乾板が残されており貴重である.

日付

  • 作成: [大正後年〜昭和初年(1920/1930)]. 大正年間〜昭和初年

作成者

資料の言語

日本語 Japanese

利用条件

本コレクションは, 学術利用・教育研究利用の目的で利用できます.

伝記/歴史

京都帝国大学文学部・京都大学文学部・京都大学大学院文学研究科, 京都大学総合博物館.

分量(全体)

154 枚[ガラス乾板写真]

分量(全体)

178 件[記述データ: ]

編成整理

京都大学文学部博物館実習生が、1点ずつの調書を作成し、それをもとにデータベースを作成した。すべてのガラス乾板をデジタル化した上で、内容とデータベースを照合し、記述を整えた。公開に向けて、千提寺・下音羽・その他という分類項目をたて、遺物の所蔵者ごとにデータを配列した。資料番号はデジタル化に際して便宜的に付したもの。箱番号はガラス乾板の現在の保管状況を反映している。

保管履歴

京都帝国大学文学部新村出教授・濱田耕作教授らが, 大正〜昭和初期(1920~30年代)にキリシタン研究を進める中で, 研究資料として, 文学部の写真室によって撮影. 文学部に長く保管され, 大学院文学研究科に伝わった. 1998年, 総合博物館に移管.

1917年から22年にかけて京都市内で発見されたキリシタン墓碑のガラス乾板写真や, 1920年代に藤波大超の精力的な探索の結果発見された大阪府茨木市のキリシタン遺物を記録したものは, ほぼ同時期に京都帝国大学文学部によって撮影が進められたものと考えられる. なお, 茨木市の遺物については, 1925年には, 文学部陳列館において当時皇太子であった昭和天皇が台覧しており, その機会にまとめて撮影された可能性もある. 1930年に下音羽の原田家の屋根裏から発見された「マリア十五玄義図」の写真は, 京都帝国大学が寄贈を受けた際に撮影されたものと推測される. 上記以外のキリシタン関係の写真は, 1910年代から20年代にかけて行われた調査研究のときに残されたものであろう. これらのガラス乾板は, 京都大学文学部から移管され, 現在, 総合博物館が保存している.

直接の入手源

京都大学大学院文学研究科において保管され, 1998年に, 総合博物館に移管された.

«ARK(former)»

https://peek.rra.museum.kyoto-u.ac.jp/ark:/62587/ar56785.56228

その他の記述データ

[2011-10, 「整理・編成」]すべてのガラス乾板をデジタル化した上で, 内容を精査し, データベースを作成した. 公開に向けて, 千提寺・下音羽・その他という分類項目をたて, 遺物の所蔵者ごとにデータを配列した.

[2011-10, 「範囲と内容」]大阪府茨木市大字千提寺と大字下音羽で発見されたキリシタン遺物を現地で撮影した写真の他, 他地域のキリシタン関係資料の写真, キリスト教美術関係の文献を撮影した写真を含む.

リポジトリの詳細

つぎのリポジトリの一部: Kyoto University Research Resource Archive リポジトリ

連絡先:
(運営責任部局) 京都大学総合博物館 The Kyoto University Museum
左京区 吉田本町 Sakyo-ku Yoshida honmachi,
京都市 Kyoto city, 京都府 Kyoto prefecture, 606-8501 Japan