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1955年カラコラム探検::探検日誌

 主題
件名:ソース: Ku Peek Class

124 コレクションおよび/またはレコード 表示:

1‐2頁, 1955

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資料番号: p.1-2
範囲と内容 ファイル :

1955年6月4日ギルギットGilgit出発~8月7日までのカラコラム支隊(インダス隊としては6月4日~6月28日)の活動記録と藤田の学術的メモと私感. ギルギットの輸送組織,サスリSasliのキャンプサイト,チリン(水飲み煙草),カルコルKarkorの踊り,現地の帽子種類などの図・スケッチが含まれている.日誌と別に,カラコラム雑記表題送稿,旅程計画メモ,などが記されている.

日付: 1955

1‐2頁, 1955

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資料番号: p.1-2
範囲と内容 ファイル :

1955年8月8日ナガールNagar滞在~9月3日羽田着までのカラコラム支隊・KUSE本隊合流後の活動記録と藤田の学術的メモと私感.但し,日付は9月3日まで記入はあるが,8月24日以降,日誌としての記入は非常に少ない.ナガールNagar(ナギールNagir)の集落の配置,ナガールミール朝礼時の配置,フンザHunzaのミール邸の間取り,などがスケッチとして記入されている.日誌とは別に,[HunzaとNagirの歴史](フンザ・ナギール)として設けられた項目があり,藤田が現地聞き取ったであろう両国の近代史(ミールmirの家系図を含む),両国の交戦史等が記入されている.挟み込まれていたパキスタン航空書簡は,未記入である.同形式の航空書簡は探検関連文書内にみられ,本国(関係者・家族)宛てに使用していたものだとおもわれる.

日付: 1955

2‐3頁, 1955

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資料番号: p.2-3
範囲と内容 ファイル :

1955年4月4日第一次先発隊(藤田・岩村)羽田発~5月12日本隊到着予定,第二次先発隊(山下)のカブール入りの連絡までが記されている.(重要事項については,赤下線や赤囲み枠なので記されている.)その他,バルチソングを聞き取ったもの(現地表記・アルファベット表記,KARAKORAM Diary No.1 6月28日参照.)や隊の旅程計画メモ,人物メモ(1956年探検のパキスタン側をコーディネートしたイナム・ウラ・ハーンの所属メモ,イナムとの接触については日誌中に記される)などが記されている. はがきは,黒川古文化研究所・芦屋市教育委員会主催の夏期講座案内(昭和32年8月3-4日)のはがきであり,主催者から講演者の一人である藤田に送られたもの.(講演者:藤田和夫・斉藤忠・魚澄惣五郎・樋口隆康).A4メモはドイツ語のメモ.

日付: 1955

3‐4頁, 1955

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資料番号: p.3-4
範囲と内容 ファイル :

1955年6月4日ギルギットGilgit出発~8月7日までのカラコラム支隊(インダス隊としては6月4日~6月28日)の活動記録と藤田の学術的メモと私感. ギルギットの輸送組織,サスリSasliのキャンプサイト,チリン(水飲み煙草),カルコルKarkorの踊り,現地の帽子種類などの図・スケッチが含まれている.日誌と別に,カラコラム雑記表題送稿,旅程計画メモ,などが記されている.

日付: 1955

3‐4頁, 1955

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資料番号: p.3-4
範囲と内容 ファイル :

1955年8月8日ナガールNagar滞在~9月3日羽田着までのカラコラム支隊・KUSE本隊合流後の活動記録と藤田の学術的メモと私感.但し,日付は9月3日まで記入はあるが,8月24日以降,日誌としての記入は非常に少ない.ナガールNagar(ナギールNagir)の集落の配置,ナガールミール朝礼時の配置,フンザHunzaのミール邸の間取り,などがスケッチとして記入されている.日誌とは別に,[HunzaとNagirの歴史](フンザ・ナギール)として設けられた項目があり,藤田が現地聞き取ったであろう両国の近代史(ミールmirの家系図を含む),両国の交戦史等が記入されている.挟み込まれていたパキスタン航空書簡は,未記入である.同形式の航空書簡は探検関連文書内にみられ,本国(関係者・家族)宛てに使用していたものだとおもわれる.

日付: 1955

4‐5頁, 1955

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資料番号: p.4-5
範囲と内容 ファイル :

1955年4月4日第一次先発隊(藤田・岩村)羽田発~5月12日本隊到着予定,第二次先発隊(山下)のカブール入りの連絡までが記されている.(重要事項については,赤下線や赤囲み枠なので記されている.)その他,バルチソングを聞き取ったもの(現地表記・アルファベット表記,KARAKORAM Diary No.1 6月28日参照.)や隊の旅程計画メモ,人物メモ(1956年探検のパキスタン側をコーディネートしたイナム・ウラ・ハーンの所属メモ,イナムとの接触については日誌中に記される)などが記されている. はがきは,黒川古文化研究所・芦屋市教育委員会主催の夏期講座案内(昭和32年8月3-4日)のはがきであり,主催者から講演者の一人である藤田に送られたもの.(講演者:藤田和夫・斉藤忠・魚澄惣五郎・樋口隆康).A4メモはドイツ語のメモ.

日付: 1955

5‐6頁, 1955

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資料番号: p.5-6
範囲と内容 ファイル :

1955年6月4日ギルギットGilgit出発~8月7日までのカラコラム支隊(インダス隊としては6月4日~6月28日)の活動記録と藤田の学術的メモと私感. ギルギットの輸送組織,サスリSasliのキャンプサイト,チリン(水飲み煙草),カルコルKarkorの踊り,現地の帽子種類などの図・スケッチが含まれている.日誌と別に,カラコラム雑記表題送稿,旅程計画メモ,などが記されている.

日付: 1955

5‐6頁, 1955

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資料番号: p.5-6
範囲と内容 ファイル :

1955年8月8日ナガールNagar滞在~9月3日羽田着までのカラコラム支隊・KUSE本隊合流後の活動記録と藤田の学術的メモと私感.但し,日付は9月3日まで記入はあるが,8月24日以降,日誌としての記入は非常に少ない.ナガールNagar(ナギールNagir)の集落の配置,ナガールミール朝礼時の配置,フンザHunzaのミール邸の間取り,などがスケッチとして記入されている.日誌とは別に,[HunzaとNagirの歴史](フンザ・ナギール)として設けられた項目があり,藤田が現地聞き取ったであろう両国の近代史(ミールmirの家系図を含む),両国の交戦史等が記入されている.挟み込まれていたパキスタン航空書簡は,未記入である.同形式の航空書簡は探検関連文書内にみられ,本国(関係者・家族)宛てに使用していたものだとおもわれる.

日付: 1955

6‐7頁, 1955

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資料番号: p.6-7
範囲と内容 ファイル :

1955年4月4日第一次先発隊(藤田・岩村)羽田発~5月12日本隊到着予定,第二次先発隊(山下)のカブール入りの連絡までが記されている.(重要事項については,赤下線や赤囲み枠なので記されている.)その他,バルチソングを聞き取ったもの(現地表記・アルファベット表記,KARAKORAM Diary No.1 6月28日参照.)や隊の旅程計画メモ,人物メモ(1956年探検のパキスタン側をコーディネートしたイナム・ウラ・ハーンの所属メモ,イナムとの接触については日誌中に記される)などが記されている. はがきは,黒川古文化研究所・芦屋市教育委員会主催の夏期講座案内(昭和32年8月3-4日)のはがきであり,主催者から講演者の一人である藤田に送られたもの.(講演者:藤田和夫・斉藤忠・魚澄惣五郎・樋口隆康).A4メモはドイツ語のメモ.

日付: 1955

78頁, 1955

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資料番号: p.78
範囲と内容 ファイル :

1955年4月4日第一次先発隊(藤田・岩村)羽田発~5月12日本隊到着予定,第二次先発隊(山下)のカブール入りの連絡までが記されている.(重要事項については,赤下線や赤囲み枠なので記されている.)その他,バルチソングを聞き取ったもの(現地表記・アルファベット表記,KARAKORAM Diary No.1 6月28日参照.)や隊の旅程計画メモ,人物メモ(1956年探検のパキスタン側をコーディネートしたイナム・ウラ・ハーンの所属メモ,イナムとの接触については日誌中に記される)などが記されている. はがきは,黒川古文化研究所・芦屋市教育委員会主催の夏期講座案内(昭和32年8月3-4日)のはがきであり,主催者から講演者の一人である藤田に送られたもの.(講演者:藤田和夫・斉藤忠・魚澄惣五郎・樋口隆康).A4メモはドイツ語のメモ.

日付: 1955

7‐8頁, 1955

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資料番号: p.7-8
範囲と内容 ファイル :

1955年6月4日ギルギットGilgit出発~8月7日までのカラコラム支隊(インダス隊としては6月4日~6月28日)の活動記録と藤田の学術的メモと私感. ギルギットの輸送組織,サスリSasliのキャンプサイト,チリン(水飲み煙草),カルコルKarkorの踊り,現地の帽子種類などの図・スケッチが含まれている.日誌と別に,カラコラム雑記表題送稿,旅程計画メモ,などが記されている.

日付: 1955

7‐8頁, 1955

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資料番号: p.7-8
範囲と内容 ファイル :

1955年8月8日ナガールNagar滞在~9月3日羽田着までのカラコラム支隊・KUSE本隊合流後の活動記録と藤田の学術的メモと私感.但し,日付は9月3日まで記入はあるが,8月24日以降,日誌としての記入は非常に少ない.ナガールNagar(ナギールNagir)の集落の配置,ナガールミール朝礼時の配置,フンザHunzaのミール邸の間取り,などがスケッチとして記入されている.日誌とは別に,[HunzaとNagirの歴史](フンザ・ナギール)として設けられた項目があり,藤田が現地聞き取ったであろう両国の近代史(ミールmirの家系図を含む),両国の交戦史等が記入されている.挟み込まれていたパキスタン航空書簡は,未記入である.同形式の航空書簡は探検関連文書内にみられ,本国(関係者・家族)宛てに使用していたものだとおもわれる.

日付: 1955

8‐9頁, 1955

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資料番号: p.8-9
範囲と内容 ファイル :

1955年4月4日第一次先発隊(藤田・岩村)羽田発~5月12日本隊到着予定,第二次先発隊(山下)のカブール入りの連絡までが記されている.(重要事項については,赤下線や赤囲み枠なので記されている.)その他,バルチソングを聞き取ったもの(現地表記・アルファベット表記,KARAKORAM Diary No.1 6月28日参照.)や隊の旅程計画メモ,人物メモ(1956年探検のパキスタン側をコーディネートしたイナム・ウラ・ハーンの所属メモ,イナムとの接触については日誌中に記される)などが記されている. はがきは,黒川古文化研究所・芦屋市教育委員会主催の夏期講座案内(昭和32年8月3-4日)のはがきであり,主催者から講演者の一人である藤田に送られたもの.(講演者:藤田和夫・斉藤忠・魚澄惣五郎・樋口隆康).A4メモはドイツ語のメモ.

日付: 1955

9‐10頁, 1955

 アイテム
資料番号: p.9-10
範囲と内容 ファイル :

1955年6月4日ギルギットGilgit出発~8月7日までのカラコラム支隊(インダス隊としては6月4日~6月28日)の活動記録と藤田の学術的メモと私感. ギルギットの輸送組織,サスリSasliのキャンプサイト,チリン(水飲み煙草),カルコルKarkorの踊り,現地の帽子種類などの図・スケッチが含まれている.日誌と別に,カラコラム雑記表題送稿,旅程計画メモ,などが記されている.

日付: 1955

9‐10頁, 1955

 アイテム
資料番号: p.9-10
範囲と内容 ファイル :

1955年8月8日ナガールNagar滞在~9月3日羽田着までのカラコラム支隊・KUSE本隊合流後の活動記録と藤田の学術的メモと私感.但し,日付は9月3日まで記入はあるが,8月24日以降,日誌としての記入は非常に少ない.ナガールNagar(ナギールNagir)の集落の配置,ナガールミール朝礼時の配置,フンザHunzaのミール邸の間取り,などがスケッチとして記入されている.日誌とは別に,[HunzaとNagirの歴史](フンザ・ナギール)として設けられた項目があり,藤田が現地聞き取ったであろう両国の近代史(ミールmirの家系図を含む),両国の交戦史等が記入されている.挟み込まれていたパキスタン航空書簡は,未記入である.同形式の航空書簡は探検関連文書内にみられ,本国(関係者・家族)宛てに使用していたものだとおもわれる.

日付: 1955

10‐11頁, 1955

 アイテム
資料番号: p.10-11
範囲と内容 ファイル :

1955年4月4日第一次先発隊(藤田・岩村)羽田発~5月12日本隊到着予定,第二次先発隊(山下)のカブール入りの連絡までが記されている.(重要事項については,赤下線や赤囲み枠なので記されている.)その他,バルチソングを聞き取ったもの(現地表記・アルファベット表記,KARAKORAM Diary No.1 6月28日参照.)や隊の旅程計画メモ,人物メモ(1956年探検のパキスタン側をコーディネートしたイナム・ウラ・ハーンの所属メモ,イナムとの接触については日誌中に記される)などが記されている. はがきは,黒川古文化研究所・芦屋市教育委員会主催の夏期講座案内(昭和32年8月3-4日)のはがきであり,主催者から講演者の一人である藤田に送られたもの.(講演者:藤田和夫・斉藤忠・魚澄惣五郎・樋口隆康).A4メモはドイツ語のメモ.

日付: 1955

11‐12頁, 1955

 アイテム
資料番号: p.11-12
範囲と内容 ファイル :

1955年6月4日ギルギットGilgit出発~8月7日までのカラコラム支隊(インダス隊としては6月4日~6月28日)の活動記録と藤田の学術的メモと私感. ギルギットの輸送組織,サスリSasliのキャンプサイト,チリン(水飲み煙草),カルコルKarkorの踊り,現地の帽子種類などの図・スケッチが含まれている.日誌と別に,カラコラム雑記表題送稿,旅程計画メモ,などが記されている.

日付: 1955

11‐12頁, 1955

 アイテム
資料番号: p.11-12
範囲と内容 ファイル :

1955年8月8日ナガールNagar滞在~9月3日羽田着までのカラコラム支隊・KUSE本隊合流後の活動記録と藤田の学術的メモと私感.但し,日付は9月3日まで記入はあるが,8月24日以降,日誌としての記入は非常に少ない.ナガールNagar(ナギールNagir)の集落の配置,ナガールミール朝礼時の配置,フンザHunzaのミール邸の間取り,などがスケッチとして記入されている.日誌とは別に,[HunzaとNagirの歴史](フンザ・ナギール)として設けられた項目があり,藤田が現地聞き取ったであろう両国の近代史(ミールmirの家系図を含む),両国の交戦史等が記入されている.挟み込まれていたパキスタン航空書簡は,未記入である.同形式の航空書簡は探検関連文書内にみられ,本国(関係者・家族)宛てに使用していたものだとおもわれる.

日付: 1955

12‐13頁, 1955

 アイテム
資料番号: p.12-13
範囲と内容 ファイル :

1955年4月4日第一次先発隊(藤田・岩村)羽田発~5月12日本隊到着予定,第二次先発隊(山下)のカブール入りの連絡までが記されている.(重要事項については,赤下線や赤囲み枠なので記されている.)その他,バルチソングを聞き取ったもの(現地表記・アルファベット表記,KARAKORAM Diary No.1 6月28日参照.)や隊の旅程計画メモ,人物メモ(1956年探検のパキスタン側をコーディネートしたイナム・ウラ・ハーンの所属メモ,イナムとの接触については日誌中に記される)などが記されている. はがきは,黒川古文化研究所・芦屋市教育委員会主催の夏期講座案内(昭和32年8月3-4日)のはがきであり,主催者から講演者の一人である藤田に送られたもの.(講演者:藤田和夫・斉藤忠・魚澄惣五郎・樋口隆康).A4メモはドイツ語のメモ.

日付: 1955

13‐14頁, 1955

 アイテム
資料番号: p.13-14
範囲と内容 ファイル :

1955年6月4日ギルギットGilgit出発~8月7日までのカラコラム支隊(インダス隊としては6月4日~6月28日)の活動記録と藤田の学術的メモと私感. ギルギットの輸送組織,サスリSasliのキャンプサイト,チリン(水飲み煙草),カルコルKarkorの踊り,現地の帽子種類などの図・スケッチが含まれている.日誌と別に,カラコラム雑記表題送稿,旅程計画メモ,などが記されている.

日付: 1955

13‐14頁, 1955

 アイテム
資料番号: p.13-14
範囲と内容 ファイル :

1955年8月8日ナガールNagar滞在~9月3日羽田着までのカラコラム支隊・KUSE本隊合流後の活動記録と藤田の学術的メモと私感.但し,日付は9月3日まで記入はあるが,8月24日以降,日誌としての記入は非常に少ない.ナガールNagar(ナギールNagir)の集落の配置,ナガールミール朝礼時の配置,フンザHunzaのミール邸の間取り,などがスケッチとして記入されている.日誌とは別に,[HunzaとNagirの歴史](フンザ・ナギール)として設けられた項目があり,藤田が現地聞き取ったであろう両国の近代史(ミールmirの家系図を含む),両国の交戦史等が記入されている.挟み込まれていたパキスタン航空書簡は,未記入である.同形式の航空書簡は探検関連文書内にみられ,本国(関係者・家族)宛てに使用していたものだとおもわれる.

日付: 1955

14‐15頁, 1955

 アイテム
資料番号: p.14-15
範囲と内容 ファイル :

1955年4月4日第一次先発隊(藤田・岩村)羽田発~5月12日本隊到着予定,第二次先発隊(山下)のカブール入りの連絡までが記されている.(重要事項については,赤下線や赤囲み枠なので記されている.)その他,バルチソングを聞き取ったもの(現地表記・アルファベット表記,KARAKORAM Diary No.1 6月28日参照.)や隊の旅程計画メモ,人物メモ(1956年探検のパキスタン側をコーディネートしたイナム・ウラ・ハーンの所属メモ,イナムとの接触については日誌中に記される)などが記されている. はがきは,黒川古文化研究所・芦屋市教育委員会主催の夏期講座案内(昭和32年8月3-4日)のはがきであり,主催者から講演者の一人である藤田に送られたもの.(講演者:藤田和夫・斉藤忠・魚澄惣五郎・樋口隆康).A4メモはドイツ語のメモ.

日付: 1955

15‐16頁, 1955

 アイテム
資料番号: p.15-16
範囲と内容 ファイル :

1955年6月4日ギルギットGilgit出発~8月7日までのカラコラム支隊(インダス隊としては6月4日~6月28日)の活動記録と藤田の学術的メモと私感. ギルギットの輸送組織,サスリSasliのキャンプサイト,チリン(水飲み煙草),カルコルKarkorの踊り,現地の帽子種類などの図・スケッチが含まれている.日誌と別に,カラコラム雑記表題送稿,旅程計画メモ,などが記されている.

日付: 1955

15‐16頁, 1955

 アイテム
資料番号: p.15-16
範囲と内容 ファイル :

1955年8月8日ナガールNagar滞在~9月3日羽田着までのカラコラム支隊・KUSE本隊合流後の活動記録と藤田の学術的メモと私感.但し,日付は9月3日まで記入はあるが,8月24日以降,日誌としての記入は非常に少ない.ナガールNagar(ナギールNagir)の集落の配置,ナガールミール朝礼時の配置,フンザHunzaのミール邸の間取り,などがスケッチとして記入されている.日誌とは別に,[HunzaとNagirの歴史](フンザ・ナギール)として設けられた項目があり,藤田が現地聞き取ったであろう両国の近代史(ミールmirの家系図を含む),両国の交戦史等が記入されている.挟み込まれていたパキスタン航空書簡は,未記入である.同形式の航空書簡は探検関連文書内にみられ,本国(関係者・家族)宛てに使用していたものだとおもわれる.

日付: 1955

16‐17頁, 1955

 アイテム
資料番号: p.16-17
範囲と内容 ファイル :

1955年4月4日第一次先発隊(藤田・岩村)羽田発~5月12日本隊到着予定,第二次先発隊(山下)のカブール入りの連絡までが記されている.(重要事項については,赤下線や赤囲み枠なので記されている.)その他,バルチソングを聞き取ったもの(現地表記・アルファベット表記,KARAKORAM Diary No.1 6月28日参照.)や隊の旅程計画メモ,人物メモ(1956年探検のパキスタン側をコーディネートしたイナム・ウラ・ハーンの所属メモ,イナムとの接触については日誌中に記される)などが記されている. はがきは,黒川古文化研究所・芦屋市教育委員会主催の夏期講座案内(昭和32年8月3-4日)のはがきであり,主催者から講演者の一人である藤田に送られたもの.(講演者:藤田和夫・斉藤忠・魚澄惣五郎・樋口隆康).A4メモはドイツ語のメモ.

日付: 1955

17‐18頁, 1955

 アイテム
資料番号: p.17-18
範囲と内容 ファイル :

1955年6月4日ギルギットGilgit出発~8月7日までのカラコラム支隊(インダス隊としては6月4日~6月28日)の活動記録と藤田の学術的メモと私感. ギルギットの輸送組織,サスリSasliのキャンプサイト,チリン(水飲み煙草),カルコルKarkorの踊り,現地の帽子種類などの図・スケッチが含まれている.日誌と別に,カラコラム雑記表題送稿,旅程計画メモ,などが記されている.

日付: 1955

17‐18頁, 1955

 アイテム
資料番号: p.17-18
範囲と内容 ファイル :

1955年8月8日ナガールNagar滞在~9月3日羽田着までのカラコラム支隊・KUSE本隊合流後の活動記録と藤田の学術的メモと私感.但し,日付は9月3日まで記入はあるが,8月24日以降,日誌としての記入は非常に少ない.ナガールNagar(ナギールNagir)の集落の配置,ナガールミール朝礼時の配置,フンザHunzaのミール邸の間取り,などがスケッチとして記入されている.日誌とは別に,[HunzaとNagirの歴史](フンザ・ナギール)として設けられた項目があり,藤田が現地聞き取ったであろう両国の近代史(ミールmirの家系図を含む),両国の交戦史等が記入されている.挟み込まれていたパキスタン航空書簡は,未記入である.同形式の航空書簡は探検関連文書内にみられ,本国(関係者・家族)宛てに使用していたものだとおもわれる.

日付: 1955

18‐19頁, 1955

 アイテム
資料番号: p.18-19
範囲と内容 ファイル :

1955年4月4日第一次先発隊(藤田・岩村)羽田発~5月12日本隊到着予定,第二次先発隊(山下)のカブール入りの連絡までが記されている.(重要事項については,赤下線や赤囲み枠なので記されている.)その他,バルチソングを聞き取ったもの(現地表記・アルファベット表記,KARAKORAM Diary No.1 6月28日参照.)や隊の旅程計画メモ,人物メモ(1956年探検のパキスタン側をコーディネートしたイナム・ウラ・ハーンの所属メモ,イナムとの接触については日誌中に記される)などが記されている. はがきは,黒川古文化研究所・芦屋市教育委員会主催の夏期講座案内(昭和32年8月3-4日)のはがきであり,主催者から講演者の一人である藤田に送られたもの.(講演者:藤田和夫・斉藤忠・魚澄惣五郎・樋口隆康).A4メモはドイツ語のメモ.

日付: 1955

19‐20頁, 1955

 アイテム
資料番号: p.19-20
範囲と内容 ファイル :

1955年6月4日ギルギットGilgit出発~8月7日までのカラコラム支隊(インダス隊としては6月4日~6月28日)の活動記録と藤田の学術的メモと私感. ギルギットの輸送組織,サスリSasliのキャンプサイト,チリン(水飲み煙草),カルコルKarkorの踊り,現地の帽子種類などの図・スケッチが含まれている.日誌と別に,カラコラム雑記表題送稿,旅程計画メモ,などが記されている.

日付: 1955

19‐20頁, 1955

 アイテム
資料番号: p.19-20
範囲と内容 ファイル :

1955年8月8日ナガールNagar滞在~9月3日羽田着までのカラコラム支隊・KUSE本隊合流後の活動記録と藤田の学術的メモと私感.但し,日付は9月3日まで記入はあるが,8月24日以降,日誌としての記入は非常に少ない.ナガールNagar(ナギールNagir)の集落の配置,ナガールミール朝礼時の配置,フンザHunzaのミール邸の間取り,などがスケッチとして記入されている.日誌とは別に,[HunzaとNagirの歴史](フンザ・ナギール)として設けられた項目があり,藤田が現地聞き取ったであろう両国の近代史(ミールmirの家系図を含む),両国の交戦史等が記入されている.挟み込まれていたパキスタン航空書簡は,未記入である.同形式の航空書簡は探検関連文書内にみられ,本国(関係者・家族)宛てに使用していたものだとおもわれる.

日付: 1955

1955年カラコラム探検日誌, 1955年4月4日〜9月3日.

 シリーズ
資料番号: RRA-MSS-2007/3 / 3
範囲と内容

KUSE隊員,藤田和夫による手書き探検日誌.先発隊出発の4月4日から9月3日羽田着(帰国)までの探検全旅程に沿って記述してある.(但し,先発隊期を除くと,藤田はカラコラム支隊,およびインダス隊に参加しているため,本隊およびフンザ隊については記述していない.)『砂漠と氷河の探検』,木原均編,1956.KUSE隊の活動日誌の該当部分のもとになっていると考えられる.

日付: 1955年4月4日〜9月3日.

20‐21頁, 1955

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資料番号: p.20-21
範囲と内容 ファイル :

1955年4月4日第一次先発隊(藤田・岩村)羽田発~5月12日本隊到着予定,第二次先発隊(山下)のカブール入りの連絡までが記されている.(重要事項については,赤下線や赤囲み枠なので記されている.)その他,バルチソングを聞き取ったもの(現地表記・アルファベット表記,KARAKORAM Diary No.1 6月28日参照.)や隊の旅程計画メモ,人物メモ(1956年探検のパキスタン側をコーディネートしたイナム・ウラ・ハーンの所属メモ,イナムとの接触については日誌中に記される)などが記されている. はがきは,黒川古文化研究所・芦屋市教育委員会主催の夏期講座案内(昭和32年8月3-4日)のはがきであり,主催者から講演者の一人である藤田に送られたもの.(講演者:藤田和夫・斉藤忠・魚澄惣五郎・樋口隆康).A4メモはドイツ語のメモ.

日付: 1955

21‐22頁, 1955

 アイテム
資料番号: p.21-22
範囲と内容 ファイル :

1955年6月4日ギルギットGilgit出発~8月7日までのカラコラム支隊(インダス隊としては6月4日~6月28日)の活動記録と藤田の学術的メモと私感. ギルギットの輸送組織,サスリSasliのキャンプサイト,チリン(水飲み煙草),カルコルKarkorの踊り,現地の帽子種類などの図・スケッチが含まれている.日誌と別に,カラコラム雑記表題送稿,旅程計画メモ,などが記されている.

日付: 1955

21‐22頁, 1955

 アイテム
資料番号: p.21-22
範囲と内容 ファイル :

1955年8月8日ナガールNagar滞在~9月3日羽田着までのカラコラム支隊・KUSE本隊合流後の活動記録と藤田の学術的メモと私感.但し,日付は9月3日まで記入はあるが,8月24日以降,日誌としての記入は非常に少ない.ナガールNagar(ナギールNagir)の集落の配置,ナガールミール朝礼時の配置,フンザHunzaのミール邸の間取り,などがスケッチとして記入されている.日誌とは別に,[HunzaとNagirの歴史](フンザ・ナギール)として設けられた項目があり,藤田が現地聞き取ったであろう両国の近代史(ミールmirの家系図を含む),両国の交戦史等が記入されている.挟み込まれていたパキスタン航空書簡は,未記入である.同形式の航空書簡は探検関連文書内にみられ,本国(関係者・家族)宛てに使用していたものだとおもわれる.

日付: 1955

22‐23頁, 1955

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資料番号: p.22-23
範囲と内容 ファイル :

1955年4月4日第一次先発隊(藤田・岩村)羽田発~5月12日本隊到着予定,第二次先発隊(山下)のカブール入りの連絡までが記されている.(重要事項については,赤下線や赤囲み枠なので記されている.)その他,バルチソングを聞き取ったもの(現地表記・アルファベット表記,KARAKORAM Diary No.1 6月28日参照.)や隊の旅程計画メモ,人物メモ(1956年探検のパキスタン側をコーディネートしたイナム・ウラ・ハーンの所属メモ,イナムとの接触については日誌中に記される)などが記されている. はがきは,黒川古文化研究所・芦屋市教育委員会主催の夏期講座案内(昭和32年8月3-4日)のはがきであり,主催者から講演者の一人である藤田に送られたもの.(講演者:藤田和夫・斉藤忠・魚澄惣五郎・樋口隆康).A4メモはドイツ語のメモ.

日付: 1955

23‐24頁, 1955

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資料番号: p.23-24
範囲と内容 ファイル :

1955年6月4日ギルギットGilgit出発~8月7日までのカラコラム支隊(インダス隊としては6月4日~6月28日)の活動記録と藤田の学術的メモと私感. ギルギットの輸送組織,サスリSasliのキャンプサイト,チリン(水飲み煙草),カルコルKarkorの踊り,現地の帽子種類などの図・スケッチが含まれている.日誌と別に,カラコラム雑記表題送稿,旅程計画メモ,などが記されている.

日付: 1955

23‐24頁, 1955

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資料番号: p.23-24
範囲と内容 ファイル :

1955年8月8日ナガールNagar滞在~9月3日羽田着までのカラコラム支隊・KUSE本隊合流後の活動記録と藤田の学術的メモと私感.但し,日付は9月3日まで記入はあるが,8月24日以降,日誌としての記入は非常に少ない.ナガールNagar(ナギールNagir)の集落の配置,ナガールミール朝礼時の配置,フンザHunzaのミール邸の間取り,などがスケッチとして記入されている.日誌とは別に,[HunzaとNagirの歴史](フンザ・ナギール)として設けられた項目があり,藤田が現地聞き取ったであろう両国の近代史(ミールmirの家系図を含む),両国の交戦史等が記入されている.挟み込まれていたパキスタン航空書簡は,未記入である.同形式の航空書簡は探検関連文書内にみられ,本国(関係者・家族)宛てに使用していたものだとおもわれる.

日付: 1955

24‐25頁, 1955

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資料番号: p.24-25
範囲と内容 ファイル :

1955年4月4日第一次先発隊(藤田・岩村)羽田発~5月12日本隊到着予定,第二次先発隊(山下)のカブール入りの連絡までが記されている.(重要事項については,赤下線や赤囲み枠なので記されている.)その他,バルチソングを聞き取ったもの(現地表記・アルファベット表記,KARAKORAM Diary No.1 6月28日参照.)や隊の旅程計画メモ,人物メモ(1956年探検のパキスタン側をコーディネートしたイナム・ウラ・ハーンの所属メモ,イナムとの接触については日誌中に記される)などが記されている. はがきは,黒川古文化研究所・芦屋市教育委員会主催の夏期講座案内(昭和32年8月3-4日)のはがきであり,主催者から講演者の一人である藤田に送られたもの.(講演者:藤田和夫・斉藤忠・魚澄惣五郎・樋口隆康).A4メモはドイツ語のメモ.

日付: 1955

25‐26頁, 1955

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資料番号: p.25-26
範囲と内容 ファイル :

1955年6月4日ギルギットGilgit出発~8月7日までのカラコラム支隊(インダス隊としては6月4日~6月28日)の活動記録と藤田の学術的メモと私感. ギルギットの輸送組織,サスリSasliのキャンプサイト,チリン(水飲み煙草),カルコルKarkorの踊り,現地の帽子種類などの図・スケッチが含まれている.日誌と別に,カラコラム雑記表題送稿,旅程計画メモ,などが記されている.

日付: 1955

25‐26頁, 1955

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資料番号: p.25-26
範囲と内容 ファイル :

1955年8月8日ナガールNagar滞在~9月3日羽田着までのカラコラム支隊・KUSE本隊合流後の活動記録と藤田の学術的メモと私感.但し,日付は9月3日まで記入はあるが,8月24日以降,日誌としての記入は非常に少ない.ナガールNagar(ナギールNagir)の集落の配置,ナガールミール朝礼時の配置,フンザHunzaのミール邸の間取り,などがスケッチとして記入されている.日誌とは別に,[HunzaとNagirの歴史](フンザ・ナギール)として設けられた項目があり,藤田が現地聞き取ったであろう両国の近代史(ミールmirの家系図を含む),両国の交戦史等が記入されている.挟み込まれていたパキスタン航空書簡は,未記入である.同形式の航空書簡は探検関連文書内にみられ,本国(関係者・家族)宛てに使用していたものだとおもわれる.

日付: 1955

26‐27頁, 1955

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資料番号: p.26-27
範囲と内容 ファイル :

1955年4月4日第一次先発隊(藤田・岩村)羽田発~5月12日本隊到着予定,第二次先発隊(山下)のカブール入りの連絡までが記されている.(重要事項については,赤下線や赤囲み枠なので記されている.)その他,バルチソングを聞き取ったもの(現地表記・アルファベット表記,KARAKORAM Diary No.1 6月28日参照.)や隊の旅程計画メモ,人物メモ(1956年探検のパキスタン側をコーディネートしたイナム・ウラ・ハーンの所属メモ,イナムとの接触については日誌中に記される)などが記されている. はがきは,黒川古文化研究所・芦屋市教育委員会主催の夏期講座案内(昭和32年8月3-4日)のはがきであり,主催者から講演者の一人である藤田に送られたもの.(講演者:藤田和夫・斉藤忠・魚澄惣五郎・樋口隆康).A4メモはドイツ語のメモ.

日付: 1955

27‐28頁, 1955

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資料番号: p.27-28
範囲と内容 ファイル :

1955年6月4日ギルギットGilgit出発~8月7日までのカラコラム支隊(インダス隊としては6月4日~6月28日)の活動記録と藤田の学術的メモと私感. ギルギットの輸送組織,サスリSasliのキャンプサイト,チリン(水飲み煙草),カルコルKarkorの踊り,現地の帽子種類などの図・スケッチが含まれている.日誌と別に,カラコラム雑記表題送稿,旅程計画メモ,などが記されている.

日付: 1955

27‐28頁, 1955

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資料番号: p.27-28
範囲と内容 ファイル :

1955年8月8日ナガールNagar滞在~9月3日羽田着までのカラコラム支隊・KUSE本隊合流後の活動記録と藤田の学術的メモと私感.但し,日付は9月3日まで記入はあるが,8月24日以降,日誌としての記入は非常に少ない.ナガールNagar(ナギールNagir)の集落の配置,ナガールミール朝礼時の配置,フンザHunzaのミール邸の間取り,などがスケッチとして記入されている.日誌とは別に,[HunzaとNagirの歴史](フンザ・ナギール)として設けられた項目があり,藤田が現地聞き取ったであろう両国の近代史(ミールmirの家系図を含む),両国の交戦史等が記入されている.挟み込まれていたパキスタン航空書簡は,未記入である.同形式の航空書簡は探検関連文書内にみられ,本国(関係者・家族)宛てに使用していたものだとおもわれる.

日付: 1955

28‐29頁, 1955

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資料番号: p.28-29
範囲と内容 ファイル :

1955年4月4日第一次先発隊(藤田・岩村)羽田発~5月12日本隊到着予定,第二次先発隊(山下)のカブール入りの連絡までが記されている.(重要事項については,赤下線や赤囲み枠なので記されている.)その他,バルチソングを聞き取ったもの(現地表記・アルファベット表記,KARAKORAM Diary No.1 6月28日参照.)や隊の旅程計画メモ,人物メモ(1956年探検のパキスタン側をコーディネートしたイナム・ウラ・ハーンの所属メモ,イナムとの接触については日誌中に記される)などが記されている. はがきは,黒川古文化研究所・芦屋市教育委員会主催の夏期講座案内(昭和32年8月3-4日)のはがきであり,主催者から講演者の一人である藤田に送られたもの.(講演者:藤田和夫・斉藤忠・魚澄惣五郎・樋口隆康).A4メモはドイツ語のメモ.

日付: 1955

29‐30頁, 1955

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資料番号: p.29-30
範囲と内容 ファイル :

1955年6月4日ギルギットGilgit出発~8月7日までのカラコラム支隊(インダス隊としては6月4日~6月28日)の活動記録と藤田の学術的メモと私感. ギルギットの輸送組織,サスリSasliのキャンプサイト,チリン(水飲み煙草),カルコルKarkorの踊り,現地の帽子種類などの図・スケッチが含まれている.日誌と別に,カラコラム雑記表題送稿,旅程計画メモ,などが記されている.

日付: 1955

29‐30頁, 1955

 アイテム
資料番号: p.29-30
範囲と内容 ファイル :

1955年8月8日ナガールNagar滞在~9月3日羽田着までのカラコラム支隊・KUSE本隊合流後の活動記録と藤田の学術的メモと私感.但し,日付は9月3日まで記入はあるが,8月24日以降,日誌としての記入は非常に少ない.ナガールNagar(ナギールNagir)の集落の配置,ナガールミール朝礼時の配置,フンザHunzaのミール邸の間取り,などがスケッチとして記入されている.日誌とは別に,[HunzaとNagirの歴史](フンザ・ナギール)として設けられた項目があり,藤田が現地聞き取ったであろう両国の近代史(ミールmirの家系図を含む),両国の交戦史等が記入されている.挟み込まれていたパキスタン航空書簡は,未記入である.同形式の航空書簡は探検関連文書内にみられ,本国(関係者・家族)宛てに使用していたものだとおもわれる.

日付: 1955

30‐31頁, 1955

 アイテム
資料番号: p.30-31
範囲と内容 ファイル :

1955年4月4日第一次先発隊(藤田・岩村)羽田発~5月12日本隊到着予定,第二次先発隊(山下)のカブール入りの連絡までが記されている.(重要事項については,赤下線や赤囲み枠なので記されている.)その他,バルチソングを聞き取ったもの(現地表記・アルファベット表記,KARAKORAM Diary No.1 6月28日参照.)や隊の旅程計画メモ,人物メモ(1956年探検のパキスタン側をコーディネートしたイナム・ウラ・ハーンの所属メモ,イナムとの接触については日誌中に記される)などが記されている. はがきは,黒川古文化研究所・芦屋市教育委員会主催の夏期講座案内(昭和32年8月3-4日)のはがきであり,主催者から講演者の一人である藤田に送られたもの.(講演者:藤田和夫・斉藤忠・魚澄惣五郎・樋口隆康).A4メモはドイツ語のメモ.

日付: 1955

31‐32頁, 1955

 アイテム
資料番号: p.31-32
範囲と内容 ファイル :

1955年6月4日ギルギットGilgit出発~8月7日までのカラコラム支隊(インダス隊としては6月4日~6月28日)の活動記録と藤田の学術的メモと私感. ギルギットの輸送組織,サスリSasliのキャンプサイト,チリン(水飲み煙草),カルコルKarkorの踊り,現地の帽子種類などの図・スケッチが含まれている.日誌と別に,カラコラム雑記表題送稿,旅程計画メモ,などが記されている.

日付: 1955

31‐32頁, 1955

 アイテム
資料番号: p.31-32
範囲と内容 ファイル :

1955年8月8日ナガールNagar滞在~9月3日羽田着までのカラコラム支隊・KUSE本隊合流後の活動記録と藤田の学術的メモと私感.但し,日付は9月3日まで記入はあるが,8月24日以降,日誌としての記入は非常に少ない.ナガールNagar(ナギールNagir)の集落の配置,ナガールミール朝礼時の配置,フンザHunzaのミール邸の間取り,などがスケッチとして記入されている.日誌とは別に,[HunzaとNagirの歴史](フンザ・ナギール)として設けられた項目があり,藤田が現地聞き取ったであろう両国の近代史(ミールmirの家系図を含む),両国の交戦史等が記入されている.挟み込まれていたパキスタン航空書簡は,未記入である.同形式の航空書簡は探検関連文書内にみられ,本国(関係者・家族)宛てに使用していたものだとおもわれる.

日付: 1955

32‐33頁, 1955

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資料番号: p.32-33
範囲と内容 ファイル :

1955年4月4日第一次先発隊(藤田・岩村)羽田発~5月12日本隊到着予定,第二次先発隊(山下)のカブール入りの連絡までが記されている.(重要事項については,赤下線や赤囲み枠なので記されている.)その他,バルチソングを聞き取ったもの(現地表記・アルファベット表記,KARAKORAM Diary No.1 6月28日参照.)や隊の旅程計画メモ,人物メモ(1956年探検のパキスタン側をコーディネートしたイナム・ウラ・ハーンの所属メモ,イナムとの接触については日誌中に記される)などが記されている. はがきは,黒川古文化研究所・芦屋市教育委員会主催の夏期講座案内(昭和32年8月3-4日)のはがきであり,主催者から講演者の一人である藤田に送られたもの.(講演者:藤田和夫・斉藤忠・魚澄惣五郎・樋口隆康).A4メモはドイツ語のメモ.

日付: 1955