1932年樺太学術探検隊
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1932年 樺太学術探検隊, [1932年7月~9月.]
樺太東北山脈未踏地域の踏査と登山を目的とした遠征に関する資料.
1932年7月~9月. 軍事機密として地図入手不可能な南樺太ロシア国境近くの東北山脈を探検的興味に惹かれて訪れた. 鉄道駅シスカ(敷香、現在のポロナイスク)発、東北山脈に入り北上、北緯50度のロシア国境沿いににしへ向かう. 高度1000mほどと思われる米倉山と沖見山に登ったが、頂上には期待に反して一等三角点があった. 約1300mの最高峰登頂を試みるつもりだったが、国境線がどのように走っているか分からず諦めた. アブや蚊におおいに悩まされた. 熊は南アルプス案内人竹澤長衛も撃ち取るのに失敗した.
[関係者名] 今西錦司(隊長), 西堀栄三郎, 高橋健治, 四手井綱彦, 田中喜左衛門, 竹澤長衛, 京都学士山岳会.
その他
樺太東北山脈未踏地域の踏査と登山を目的とした遠征に関する資料.
1932年7月~9月. 軍事機密として地図入手不可能な南樺太ロシア国境近くの東北山脈を探検的興味に惹かれて訪れた. 鉄道駅シスカ(敷香、現在のポロナイスク)発、東北山脈に入り北上、北緯50度のロシア国境沿いににしへ向かう. 高度1000mほどと思われる米倉山と沖見山に登ったが、頂上には期待に反して一等三角点があった. 約1300mの最高峰登頂を試みるつもりだったが、国境線がどのように走っているか分からず諦めた. アブや蚊におおいに悩まされた. 熊は南アルプス案内人竹澤長衛も撃ち取るのに失敗した.
[関係者名] 今西錦司(隊長), 西堀栄三郎, 高橋健治, 四手井綱彦, 田中喜左衛門, 竹澤長衛, 京都学士山岳会.
出版物
樺太東北山脈未踏地域の踏査と登山を目的とした遠征に関する資料.
1932年7月~9月. 軍事機密として地図入手不可能な南樺太ロシア国境近くの東北山脈を探検的興味に惹かれて訪れた. 鉄道駅シスカ(敷香、現在のポロナイスク)発、東北山脈に入り北上、北緯50度のロシア国境沿いににしへ向かう. 高度1000mほどと思われる米倉山と沖見山に登ったが、頂上には期待に反して一等三角点があった. 約1300mの最高峰登頂を試みるつもりだったが、国境線がどのように走っているか分からず諦めた. アブや蚊におおいに悩まされた. 熊は南アルプス案内人竹澤長衛も撃ち取るのに失敗した.
[関係者名] 今西錦司(隊長), 西堀栄三郎, 高橋健治, 四手井綱彦, 田中喜左衛門, 竹澤長衛, 京都学士山岳会.
動画・音声
樺太東北山脈未踏地域の踏査と登山を目的とした遠征に関する資料.
1932年7月~9月. 軍事機密として地図入手不可能な南樺太ロシア国境近くの東北山脈を探検的興味に惹かれて訪れた. 鉄道駅シスカ(敷香、現在のポロナイスク)発、東北山脈に入り北上、北緯50度のロシア国境沿いににしへ向かう. 高度1000mほどと思われる米倉山と沖見山に登ったが、頂上には期待に反して一等三角点があった. 約1300mの最高峰登頂を試みるつもりだったが、国境線がどのように走っているか分からず諦めた. アブや蚊におおいに悩まされた. 熊は南アルプス案内人竹澤長衛も撃ち取るのに失敗した.
[関係者名] 今西錦司(隊長), 西堀栄三郎, 高橋健治, 四手井綱彦, 田中喜左衛門, 竹澤長衛, 京都学士山岳会.
文書類
樺太東北山脈未踏地域の踏査と登山を目的とした遠征に関する資料.
1932年7月~9月. 軍事機密として地図入手不可能な南樺太ロシア国境近くの東北山脈を探検的興味に惹かれて訪れた. 鉄道駅シスカ(敷香、現在のポロナイスク)発、東北山脈に入り北上、北緯50度のロシア国境沿いににしへ向かう. 高度1000mほどと思われる米倉山と沖見山に登ったが、頂上には期待に反して一等三角点があった. 約1300mの最高峰登頂を試みるつもりだったが、国境線がどのように走っているか分からず諦めた. アブや蚊におおいに悩まされた. 熊は南アルプス案内人竹澤長衛も撃ち取るのに失敗した.
[関係者名] 今西錦司(隊長), 西堀栄三郎, 高橋健治, 四手井綱彦, 田中喜左衛門, 竹澤長衛, 京都学士山岳会.
新聞記事
樺太東北山脈未踏地域の踏査と登山を目的とした遠征に関する資料.
1932年7月~9月. 軍事機密として地図入手不可能な南樺太ロシア国境近くの東北山脈を探検的興味に惹かれて訪れた. 鉄道駅シスカ(敷香、現在のポロナイスク)発、東北山脈に入り北上、北緯50度のロシア国境沿いににしへ向かう. 高度1000mほどと思われる米倉山と沖見山に登ったが、頂上には期待に反して一等三角点があった. 約1300mの最高峰登頂を試みるつもりだったが、国境線がどのように走っているか分からず諦めた. アブや蚊におおいに悩まされた. 熊は南アルプス案内人竹澤長衛も撃ち取るのに失敗した.
[関係者名] 今西錦司(隊長), 西堀栄三郎, 高橋健治, 四手井綱彦, 田中喜左衛門, 竹澤長衛, 京都学士山岳会.
画像
樺太東北山脈未踏地域の踏査と登山を目的とした遠征に関する資料.
1932年7月~9月. 軍事機密として地図入手不可能な南樺太ロシア国境近くの東北山脈を探検的興味に惹かれて訪れた. 鉄道駅シスカ(敷香、現在のポロナイスク)発、東北山脈に入り北上、北緯50度のロシア国境沿いににしへ向かう. 高度1000mほどと思われる米倉山と沖見山に登ったが、頂上には期待に反して一等三角点があった. 約1300mの最高峰登頂を試みるつもりだったが、国境線がどのように走っているか分からず諦めた. アブや蚊におおいに悩まされた. 熊は南アルプス案内人竹澤長衛も撃ち取るのに失敗した.
[関係者名] 今西錦司(隊長), 西堀栄三郎, 高橋健治, 四手井綱彦, 田中喜左衛門, 竹澤長衛, 京都学士山岳会.