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1932年カブルー遠征計画::出版物

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件名:ソース: Ku Peek

2 コレクションおよび/またはレコード 表示:

パウル・バウアー著. 伊藤愿訳.『ヒマラヤに挑戦して』. 125pp.

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資料番号: 32KEP / 2-1
範囲と内容 シリーズ :

AACK最初のヒマラヤ登山計画としてシッキムヒマラヤのカブルー山7338m登頂を目標とした計画に関する資料.

AACK最初のヒマラヤ登山計画としてシッキムヒマラヤのカブルー7338mを目標として1931年に計画された. 1929年カンチェンジュンガに果敢な登攀をくりひろげたドイツ遠征隊報告書には、登山記録の他に附録として経費・食料・装備・写真などの項目にも具体的な記載があり、総支出金額も自分たちの手のとどく範囲にあることがわかった. 伊藤愿はこの報告書を翻訳して出版している. 相当の高度があり接近も比較的容易な登山目標としてカブルーを選び、1932年プレモンスーン季に遠征隊を送る計画をたて準備を進めたが、満州事変の余波を受けてスポンサーがおりて、遠征計画は立ち消えになった.

日付: [1931/1932.]

島田巽.「昭和初めの開花期」.『山・人・本』.p27-44.

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資料番号: 32KEP / 2-2
範囲と内容 シリーズ :

AACK最初のヒマラヤ登山計画としてシッキムヒマラヤのカブルー山7338m登頂を目標とした計画に関する資料.

AACK最初のヒマラヤ登山計画としてシッキムヒマラヤのカブルー7338mを目標として1931年に計画された. 1929年カンチェンジュンガに果敢な登攀をくりひろげたドイツ遠征隊報告書には、登山記録の他に附録として経費・食料・装備・写真などの項目にも具体的な記載があり、総支出金額も自分たちの手のとどく範囲にあることがわかった. 伊藤愿はこの報告書を翻訳して出版している. 相当の高度があり接近も比較的容易な登山目標としてカブルーを選び、1932年プレモンスーン季に遠征隊を送る計画をたて準備を進めたが、満州事変の余波を受けてスポンサーがおりて、遠征計画は立ち消えになった.

日付: [1931/1932.]