メインコンテンツへスキップ

1942年北部大興安嶺探検

 主題
件名:ソース: Ku Peek Class

8 コレクションおよび/またはレコード 表示:

1942年 北部大興安嶺探検, [1942年5月.]

 シリーズ
資料番号: AACK MIXED 2013/1 / 42GKA
範囲と内容 北部大興安嶺未踏査地域の縦断および民族的自然科学的調査を目的とした遠征に関する資料. 1942年5月12日今西以下本隊13人はハイラルを出発ドラガチェンカからガン河沿いに東北進して北部大興安嶺奥地に入る. 途中川喜田 梅棹 藤田 土倉の支隊4人が別れ、前年までの航空写真測量の空白地帯を北へ縦断する. 森下以下8人の漠河隊は5月16日黑河を発ち黒龍江を船で溯行、漠河で下船、漠河から食糧輸送のトナカイ橇隊を編成、あらかじめ定めた基地に幕営して待機する. 未統治を突破した支隊、3日おくれて本隊が基地に到着して、調査旅行は予期の成果をあげた. 支隊は白色地帯を天測で進路を決め、本隊と漠河隊との無電連絡、航空機からの物品投下などにも成功した. [関係者名] 隊長:今西錦司(理学部), 副隊長:森下正明(農学部), 本隊隊員:吉良龍夫(農学部生), 伴 豊(文学部生), 小川 武(大商大学生), 折口勝夫(医師), 佐藤信男(測量隊), 山本幸雄(満洲航空), 大塚 弘(無電技師), 郭景章(無電助手), 支隊:川喜田二郎(文学部生),...
日付: [1942年5月.]

その他

 サブシリーズ
資料番号: 42GKA / 6
範囲と内容 シリーズ : 北部大興安嶺未踏査地域の縦断および民族的自然科学的調査を目的とした遠征に関する資料. 1942年5月12日今西以下本隊13人はハイラルを出発ドラガチェンカからガン河沿いに東北進して北部大興安嶺奥地に入る. 途中川喜田 梅棹 藤田 土倉の支隊4人が別れ、前年までの航空写真測量の空白地帯を北へ縦断する. 森下以下8人の漠河隊は5月16日黑河を発ち黒龍江を船で溯行、漠河で下船、漠河から食糧輸送のトナカイ橇隊を編成、あらかじめ定めた基地に幕営して待機する. 未統治を突破した支隊、3日おくれて本隊が基地に到着して、調査旅行は予期の成果をあげた. 支隊は白色地帯を天測で進路を決め、本隊と漠河隊との無電連絡、航空機からの物品投下などにも成功した. [関係者名] 隊長:今西錦司(理学部), 副隊長:森下正明(農学部), 本隊隊員:吉良龍夫(農学部生), 伴 豊(文学部生), 小川 武(大商大学生), 折口勝夫(医師), 佐藤信男(測量隊), 山本幸雄(満洲航空), 大塚 弘(無電技師), 郭景章(無電助手), 支隊:川喜田二郎(文学部生),...
日付: [1942年5月.]

出版物

 サブシリーズ
資料番号: 42GKA / 2
範囲と内容 シリーズ : 北部大興安嶺未踏査地域の縦断および民族的自然科学的調査を目的とした遠征に関する資料. 1942年5月12日今西以下本隊13人はハイラルを出発ドラガチェンカからガン河沿いに東北進して北部大興安嶺奥地に入る. 途中川喜田 梅棹 藤田 土倉の支隊4人が別れ、前年までの航空写真測量の空白地帯を北へ縦断する. 森下以下8人の漠河隊は5月16日黑河を発ち黒龍江を船で溯行、漠河で下船、漠河から食糧輸送のトナカイ橇隊を編成、あらかじめ定めた基地に幕営して待機する. 未統治を突破した支隊、3日おくれて本隊が基地に到着して、調査旅行は予期の成果をあげた. 支隊は白色地帯を天測で進路を決め、本隊と漠河隊との無電連絡、航空機からの物品投下などにも成功した. [関係者名] 隊長:今西錦司(理学部), 副隊長:森下正明(農学部), 本隊隊員:吉良龍夫(農学部生), 伴 豊(文学部生), 小川 武(大商大学生), 折口勝夫(医師), 佐藤信男(測量隊), 山本幸雄(満洲航空), 大塚 弘(無電技師), 郭景章(無電助手), 支隊:川喜田二郎(文学部生),...
日付: [1942年5月.]

動画・音声

 サブシリーズ
資料番号: 42GKA / 5
範囲と内容 シリーズ : 北部大興安嶺未踏査地域の縦断および民族的自然科学的調査を目的とした遠征に関する資料. 1942年5月12日今西以下本隊13人はハイラルを出発ドラガチェンカからガン河沿いに東北進して北部大興安嶺奥地に入る. 途中川喜田 梅棹 藤田 土倉の支隊4人が別れ、前年までの航空写真測量の空白地帯を北へ縦断する. 森下以下8人の漠河隊は5月16日黑河を発ち黒龍江を船で溯行、漠河で下船、漠河から食糧輸送のトナカイ橇隊を編成、あらかじめ定めた基地に幕営して待機する. 未統治を突破した支隊、3日おくれて本隊が基地に到着して、調査旅行は予期の成果をあげた. 支隊は白色地帯を天測で進路を決め、本隊と漠河隊との無電連絡、航空機からの物品投下などにも成功した. [関係者名] 隊長:今西錦司(理学部), 副隊長:森下正明(農学部), 本隊隊員:吉良龍夫(農学部生), 伴 豊(文学部生), 小川 武(大商大学生), 折口勝夫(医師), 佐藤信男(測量隊), 山本幸雄(満洲航空), 大塚 弘(無電技師), 郭景章(無電助手), 支隊:川喜田二郎(文学部生),...
日付: [1942年5月.]

文書類

 サブシリーズ
資料番号: 42GKA / 1
範囲と内容 シリーズ : 北部大興安嶺未踏査地域の縦断および民族的自然科学的調査を目的とした遠征に関する資料. 1942年5月12日今西以下本隊13人はハイラルを出発ドラガチェンカからガン河沿いに東北進して北部大興安嶺奥地に入る. 途中川喜田 梅棹 藤田 土倉の支隊4人が別れ、前年までの航空写真測量の空白地帯を北へ縦断する. 森下以下8人の漠河隊は5月16日黑河を発ち黒龍江を船で溯行、漠河で下船、漠河から食糧輸送のトナカイ橇隊を編成、あらかじめ定めた基地に幕営して待機する. 未統治を突破した支隊、3日おくれて本隊が基地に到着して、調査旅行は予期の成果をあげた. 支隊は白色地帯を天測で進路を決め、本隊と漠河隊との無電連絡、航空機からの物品投下などにも成功した. [関係者名] 隊長:今西錦司(理学部), 副隊長:森下正明(農学部), 本隊隊員:吉良龍夫(農学部生), 伴 豊(文学部生), 小川 武(大商大学生), 折口勝夫(医師), 佐藤信男(測量隊), 山本幸雄(満洲航空), 大塚 弘(無電技師), 郭景章(無電助手), 支隊:川喜田二郎(文学部生),...
日付: [1942年5月.]

新聞記事

 サブシリーズ
資料番号: 42GKA / 3
範囲と内容 シリーズ : 北部大興安嶺未踏査地域の縦断および民族的自然科学的調査を目的とした遠征に関する資料. 1942年5月12日今西以下本隊13人はハイラルを出発ドラガチェンカからガン河沿いに東北進して北部大興安嶺奥地に入る. 途中川喜田 梅棹 藤田 土倉の支隊4人が別れ、前年までの航空写真測量の空白地帯を北へ縦断する. 森下以下8人の漠河隊は5月16日黑河を発ち黒龍江を船で溯行、漠河で下船、漠河から食糧輸送のトナカイ橇隊を編成、あらかじめ定めた基地に幕営して待機する. 未統治を突破した支隊、3日おくれて本隊が基地に到着して、調査旅行は予期の成果をあげた. 支隊は白色地帯を天測で進路を決め、本隊と漠河隊との無電連絡、航空機からの物品投下などにも成功した. [関係者名] 隊長:今西錦司(理学部), 副隊長:森下正明(農学部), 本隊隊員:吉良龍夫(農学部生), 伴 豊(文学部生), 小川 武(大商大学生), 折口勝夫(医師), 佐藤信男(測量隊), 山本幸雄(満洲航空), 大塚 弘(無電技師), 郭景章(無電助手), 支隊:川喜田二郎(文学部生),...
日付: [1942年5月.]

画像

 サブシリーズ
資料番号: 42GKA / 4
範囲と内容 シリーズ : 北部大興安嶺未踏査地域の縦断および民族的自然科学的調査を目的とした遠征に関する資料. 1942年5月12日今西以下本隊13人はハイラルを出発ドラガチェンカからガン河沿いに東北進して北部大興安嶺奥地に入る. 途中川喜田 梅棹 藤田 土倉の支隊4人が別れ、前年までの航空写真測量の空白地帯を北へ縦断する. 森下以下8人の漠河隊は5月16日黑河を発ち黒龍江を船で溯行、漠河で下船、漠河から食糧輸送のトナカイ橇隊を編成、あらかじめ定めた基地に幕営して待機する. 未統治を突破した支隊、3日おくれて本隊が基地に到着して、調査旅行は予期の成果をあげた. 支隊は白色地帯を天測で進路を決め、本隊と漠河隊との無電連絡、航空機からの物品投下などにも成功した. [関係者名] 隊長:今西錦司(理学部), 副隊長:森下正明(農学部), 本隊隊員:吉良龍夫(農学部生), 伴 豊(文学部生), 小川 武(大商大学生), 折口勝夫(医師), 佐藤信男(測量隊), 山本幸雄(満洲航空), 大塚 弘(無電技師), 郭景章(無電助手), 支隊:川喜田二郎(文学部生),...
日付: [1942年5月.]

京都大学学士山岳会京都大学学術探検登山資料, ca.1931-1970. The Academic Alpine Club of Kyoto Collection, ca.1931-1970.

 コレクション
資料番号: AACK MIXED 2013/1
要約 京都大学学士山岳会(Academic Alpine Club Kyoto)は,1931年に設立されこれまでに数々の学術探検登山派遣の母体となってきた.大興安嶺探検隊やカラコラム・ヒンズークシュ学術探検隊などをはじめとする京都大学学術探検登山資料の多くは, 京都大学学士山岳会で保管されてきた. 資料の中には, 文書・写真・映像・学術探検登山用具などが含まれる. 当時の京都大学学術探検登山の活動の軌跡を記す貴重な資料である. The Academic Alpine Club of Kyoto was established in 1931, and has sent many scientific expeditions. Most of materials about the expeditions, including the Greater Khingan Range expedition and the Karakoram-Hindukush expedition, have been kept in the Academic Alpine Club of Kyoto....
日付: 1960-1970