メインコンテンツへスキップ

1957年京都大学探検部スワート・ヒマラヤ学術調査隊::出版物

 主題
件名:ソース: Ku Peek

3 コレクションおよび/またはレコード 表示:

本田勝一「知られざるヒマラヤ-奥ヒンズークシ探検記-」

 アイテム
資料番号: 57SWE / 2-3
範囲と内容 シリーズ :

地質学的に未踏査のスワート地域の学術調査をおこなってカラコルムとの連続をはかり、また、未登の6000m峰の登頂を目指すことを目的とした遠征に関する資料.

1957年6月~9月 スワート州都サイドシャリフ7月12日発 ダダリリ峠を越えギザール河をグピスへ、ついでヤシンへ。8月9日本多、荻野、岩坪はシャハーンドク峰(6320m)を目指し、18日C3から6200mまで登高して断念. 地質調査の松下、興津とパキスタン隊員と合流、マスツジ経由、チトラルに帰着した.

[関係者名] 藤田和夫, 本多勝一, 吉場健二, A・H・べグ, シャーカット・アリ, イナム・ウラ・ハーン.

日付: [1957年6月~9月.]

松下進「スワート・ヒマラヤ探検行(1957年)」『山岳』53年. pp. 25- 40.

 アイテム
資料番号: 57SWE / 2-2
範囲と内容 シリーズ :

地質学的に未踏査のスワート地域の学術調査をおこなってカラコルムとの連続をはかり、また、未登の6000m峰の登頂を目指すことを目的とした遠征に関する資料.

1957年6月~9月 スワート州都サイドシャリフ7月12日発 ダダリリ峠を越えギザール河をグピスへ、ついでヤシンへ。8月9日本多、荻野、岩坪はシャハーンドク峰(6320m)を目指し、18日C3から6200mまで登高して断念. 地質調査の松下、興津とパキスタン隊員と合流、マスツジ経由、チトラルに帰着した.

[関係者名] 藤田和夫, 本多勝一, 吉場健二, A・H・べグ, シャーカット・アリ, イナム・ウラ・ハーン.

日付: [1957年6月~9月.]

松下進編「第2部スワート・ヒマラヤからヒンズークシへ」『スワート・ヒンズークシ紀行』.pp. 153-274.

 アイテム
資料番号: 57SWE / 2-1
範囲と内容 シリーズ :

地質学的に未踏査のスワート地域の学術調査をおこなってカラコルムとの連続をはかり、また、未登の6000m峰の登頂を目指すことを目的とした遠征に関する資料.

1957年6月~9月 スワート州都サイドシャリフ7月12日発 ダダリリ峠を越えギザール河をグピスへ、ついでヤシンへ。8月9日本多、荻野、岩坪はシャハーンドク峰(6320m)を目指し、18日C3から6200mまで登高して断念. 地質調査の松下、興津とパキスタン隊員と合流、マスツジ経由、チトラルに帰着した.

[関係者名] 藤田和夫, 本多勝一, 吉場健二, A・H・べグ, シャーカット・アリ, イナム・ウラ・ハーン.

日付: [1957年6月~9月.]