Bhutan
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1958年 中尾佐助のブータン入国, [1958年6月〜10月.]
植物学的調査及び入国許可を目的とした遠征に関する資料.
中尾佐助が1958年6月末公的には日本人として初めてブータン王国を訪れた。前年11月秘密裡に来日したケサン・ワンチュク王妃一行に京都で桑原武夫 芦田譲治らとともに接見し、入国許可を願い出ていた。首都ティンプー、王宮所在地パロのほか国内各地に植物学的調査をおこない10月インドに出た。
1968年 1967年度京都大学ブータンヒマラヤ遠征隊, [1967年11月末〜1968年5月23日.]
ブータン・ヒマラヤの探査を目的とした遠征に関する資料.
京大山岳部がブータンヒマラヤを踏査するために小遠征隊を送った。インド政府が外国人のブータン入国を阻止するため設定しているインナーライン通行許可を入手するための折衝工作のため1967年11月末に出発。許可取得に手間取り、68年1月26日~2月1日、同年6月3日~12日の短期間だけブータンに入国、滞在することができた。1968年5月1~23日ネパールを訪れ、おもにロールワリン山域を踏査した。
[関係者名] 小野寺幸之進, 上田豊, 市川光雄.
1969年 京都大学ブータン学術調査隊, [1969年4月〜1970年1月末.].
1970年 京都大学ブータン学術調査隊, [1970年9月8日〜10月23日.]
1969年松尾隊の事後交渉(ブータンからの留学生受け入れ)を目的とした遠征に関する資料.
1969年のブータン学術調査隊が現地で話が出たブータンからの留学生受け入れ問題の折衝のため京大ブータン調査隊がAACK会員栗田靖之を派遣した。栗田は夫人とともに1970年9月8日出発,10月23日まで同国に滞在し,交流を推進するために作業した。
[関係者名] 栗田靖之, 栗田道子.
1981年 日本ブータン友好協会第一回親善旅行, [1981年10月7日~17日. ]
日本ブータン友好協会の設立報告を兼ねた第一回親善を目的とした遠征に関する資料.
[関係者名] 団長・桑原武夫(京大名誉教授), 同夫人, 秘書長・笹谷哲也, 同夫人, 西堀栄三郎, 同夫人, 中尾佐助(大阪府立大学名誉教授), 松尾稔(名古屋大学教授), 松井宣也(花王石鹸), 栗田靖之, 佐々木高明(国立民族学博物館), 玉野井芳郎(東京大学名誉教授), 同夫人, 渡辺千衣子, 野路 (放送作家), 田中 (マウンティン・ワールド・トラベル・ガイド), 日本ブータン友好協会.
1983年 京都大学山岳部ブータン踏査隊, [1983年8月~10月.]
ガンカープンスム踏査を目的とした遠征に関する資料.
[関係者名] 福嶌義宏, 森戸隆男, 吹田啓一郎, 中山茂樹, 他3名, 京都大学学士山岳会.
1985年 京都大学ブータンヒマラヤ学術登山隊, [1985年8月~11月. ], [1985-08-01/1985-11-30.]
マサ・コン峰(7200メートル)登頂とブータンでの学術調査を目的とした遠征に関する資料.
[関係者名] 隊長・堀了平(医学部教授). 副隊長・栗田靖之(国立民族学博物館助教授). 登攀隊長・横山宏太郎(武庫川女子大学講師). 医師・松林公蔵(医学部付属病院医師). 事務局長・人見五郎(農林経済学博士課程). 隊員・福崎賢治(京都府立亀岡高等学校教諭). 神園泰比古(ダックス・エンジニアリング社員). 青木小太郎(日立製作所社員). 伊藤宏範(無職). 竹田晋也(農学研究科修士課程). 中山茂樹(農学研究科修士課程). 高井正成(理学部学生). 月原敏博(文学部学生). 岡田忠雄(工学部学生). 菅野公一(工学部学生). 毛利尚樹(農学部学生). 報道・記録 安岡卓司(TBS嘱託デレクター). 中里雅行(TBS嘱託カメラマン). 事務局長・人見五郎、留守本部・吹田敬一.