1955年カラコラム探検::写真
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HK37-13, 1955年7月5日~8日のいずれかの1日に撮影されたものである.
バルトロ本流の河原。下流部。
HK37-14, 1955年7月5日~8日のいずれかの1日に撮影されたものである.
バルトロ本流の河原。氷河先端の貯水池のような役目を果たしているのか。
HK37-15, 1955年7月5日~8日のいずれかの1日に撮影されたものである.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK37-16, 1955年7月5日~8日のいずれかの1日に撮影されたものである.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK37-17, 1955年7月5日~8日のいずれかの1日に撮影されたものである.
本流で切断されてできた扇状地。支流が押し出している。
HK37-18, 1955年7月5日~8日のいずれかの1日に撮影されたものである.
HK37-12に同じ。
HK37-19, 1955年7月5日~8日のいずれかの1日に撮影されたものである.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK37-20, 1955年7月5日~8日のいずれかの1日に撮影されたものである.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK37-21, 1955年7月5日~8日のいずれかの1日に撮影されたものである.
高巻きする隊列。食料用のギーが二頭いる。
HK37-22, 1955年7月5日~8日のいずれかの1日に撮影されたものである.
氷河の上流を望むクーリー。写真奥に見られるのはトランゴタワー山群。
HK38-01, 1955年7月5日~8日のいずれかの1日に撮影されたものである.
小休止中のクーリー。向こう岸には氷河の下部にできたトンネルが見られる。氷河の上部にも河川がある。
HK38-02, 1955年7月5日~8日のいずれかの1日に撮影されたものである.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK38-03, 1955年7月5日~8日のいずれかの1日に撮影されたものである.
歩を進める隊列(中央、左下)。写真左奥にはトランゴ山が見られる。
HK38-04, 1955年7月5日~8日のいずれかの1日に撮影されたものである.
アブレーション谷。写真右は氷河で、表面にモレーンがついている。
HK38-05, 1955年7月5日~8日のいずれかの1日に撮影されたものである.
氷河先端の上を行く隊列。
HK38-06, 1955年7月5日~8日のいずれかの1日に撮影されたものである.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK38-07, 1955年7月5日~8日のいずれかの1日に撮影されたものである.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK38-08, 1955年7月5日~8日のいずれかの1日に撮影されたものである.
左岸に見られるのはアブレーション谷。
HK38-09, 1955年7月5日~8日のいずれかの1日に撮影されたものである.
U字谷の岩壁で、右側が下流。中央左に隊員が見られる。
HK38-10, 1955年7月5日~8日のいずれかの1日に撮影されたものである.
上流で磨滅した円礫。
HK38-11, 1955年7月5日~8日のいずれかの1日に撮影されたものである.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK38-12, 1955年7月5日~8日のいずれかの1日に撮影されたものである.
写真手前に見られるのは、氷河の上のモレーン。
HK38-13, 1955年7月5日~8日のいずれかの1日に撮影されたものである.
ここからいよいよ目的地に向かう。写真中央に見られるのは、新しい氷河が押し出しているところ。
HK38-14, 1955年7月5日~8日のいずれかの1日に撮影されたものである.
モレーン。
HK38-15, 1955年7月5日~8日のいずれかの1日に撮影されたものである.
写真右側にトランゴの雄姿が見られる。
HK38-16, 1955年7月5日~8日のいずれかの1日に撮影されたものである.
モレーン中腹よりバルトロ下流方向を撮影。
HK38-17, 1955年7月5日~8日のいずれかの1日に撮影されたものである.
氷河上の巨大モレーン。写真右側に人の姿が見られる。
HK38-18, 1955年7月5日~8日のいずれかの1日に撮影されたものである.
トランゴタワーが見られる。
HK38-19, 1955年7月5日~8日のいずれかの1日に撮影されたものである.
氷河の上にできた堆積湖。全てモレーンに覆われている。
HK38-20, 1955年7月5日~8日のいずれかの1日に撮影されたものである.
アブレーション谷。
HK38-21, 1955年7月5日~8日のいずれかの1日に撮影されたものである.
ウリビアホ氷河出合付近。支流からの押し出しにより、氷河がねじれている。
HK38-22, 1955年7月5日~8日のいずれかの1日に撮影されたものである.
氷河に加わった圧力によるクラック。
HK38-23, 1955年7月5日~8日のいずれかの1日に撮影されたものである.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK39-01, 1955年
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK39-04, 1955年
15時頃にリリゴの野営地に到着。前年のドイツ隊によって汚されており、水質も悪い。写真中央に見られるのは、トランゴ山群。
HK39-05, 1955年
HK39-08, 1955年
HK39-09, 1955年7月9日以降に撮影されたものであろう.
パイジュ峰。縦縞は垂直接理面であることを示す。
HK39-13, 1955年7月9日以降に撮影されたものであろう.
折り返した後、帰路につく。氷河中流部より上流を望む。
HK39-14, 1955年7月9日以降に撮影されたものであろう.
氷河中流部より下流を望む。左岸はアブレーション谷。
HK39-15, 1955年7月9日以降に撮影されたものであろう.
写真中央部に氷河を撮影する村田隊員が見られる。手前は氷河。
HK39-16, 1955年7月9日以降に撮影されたものであろう.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK39-17, 1955年7月9日以降に撮影されたものであろう.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.