1955年カラコラム探検::写真
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HK39-18, 1955年7月9日以降に撮影されたものであろう.
リリゴ氷河出合。右手の峰はリリゴ峰か。
HK39-19, 1955年7月9日以降に撮影されたものであろう.
トランゴ山群の偉容。赤茶けた花崗岩の山塊である。ここで初めて山全体の大きさが分かる。写真手前には隊列が見られる。
HK39-20, 1955年7月9日以降に撮影されたものであろう.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK39-21, 1955年7月9日以降に撮影されたものであろう.
写真右手前にはクーリー隊がいる。中央奥に見られるのは氷河。
HK39-22, 1955年7月9日以降に撮影されたものであろう.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK39-23, 1955年7月9日以降に撮影されたものであろう.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK40-01, 1955年7月9日以降に撮影されたものであろう.
リリゴ出合を過ぎたあたりから、トランゴの悪魔的な偉容が見られるようになる。
HK40-02, 1955年7月9日以降に撮影されたものであろう.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK40-03, 1955年7月9日以降に撮影されたものであろう.
写真右手前のアブレーション谷に水が溜まっている。
HK40-04, 1955年7月9日以降に撮影されたものであろう.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK40-05, 1955年7月9日以降に撮影されたものであろう.
リリゴより上流部のアブレーション谷を行く。
HK40-06, 1955年7月9日以降に撮影されたものであろう.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK40-07, 1955年7月9日以降に撮影されたものであろう.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK40-08, 1955年7月9日以降に撮影されたものであろう.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK40-09, 1955年
HK40-10, 1955年
写真中央部の三角状の斜面がウルドカスか。ウルドカスは“broken rock”のバルティ語で、草つき斜面の間に大きな岩が転がっている。コンコルディアを目指す隊は例外なくこの地でキャンプを張る。
HK40-11, 1955年
薪は豊富で、水は雪渓から流れ出ているが、各隊が散らかしたゴミが散乱していた為、ノルピーでクーリーに片付けさせる。
HK40-12, 1955年
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK40-13, 1955年
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK40-15, 1955年
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK40-16, 1955年
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK40-17, 1955年
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK40-18, 1955年
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK40-19, 1955年
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK40-20, 1955年
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK40-21, 1955年
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK40-22, 1955年7月10日、11日のいずれかに撮影されたものである.
ウルドカス付近(標高44m付近)。雨がよく降る為、手前の斜面には灌木や草が見られる。中央に今西支隊長、奥に大岩氏がおり、クーリー達は岩陰を寝床にした。
HK41-01, 1955年7月10日、11日のいずれかに撮影されたものである.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK41-02, 1955年7月10日、11日のいずれかに撮影されたものである.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK41-03, 1955年7月10日、11日のいずれかに撮影されたものである.
ウルドカス付近。
HK41-04, 1955年7月10日、11日のいずれかに撮影されたものである.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK41-05, 1955年7月10日、11日のいずれかに撮影されたものである.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK41-06, 1955年7月10日、11日のいずれかに撮影されたものである.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK41-07, 1955年7月10日、11日のいずれかに撮影されたものである.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK41-08, 1955年7月10日、11日のいずれかに撮影されたものである.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK41-09, 1955年7月10日、11日のいずれかに撮影されたものである.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK41-10, 1955年7月10日、11日のいずれかに撮影されたものである.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK41-11, 1955年7月10日、11日のいずれかに撮影されたものである.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK41-12, 1955年7月10日、11日のいずれかに撮影されたものである.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK41-13, 1955年7月10日、11日のいずれかに撮影されたものである.
卓上岩になりかけている巨石。
HK41-14, 1955年7月10日、11日のいずれかに撮影されたものである.
氷河上のサーブ達。
HK41-15, 1955年7月10日、11日のいずれかに撮影されたものである.
バルトロ右岸。ビアフォ氷河との出合方向を撮影。写真手前にあるのは卓上岩。
HK41-16, 1955年7月10日、11日のいずれかに撮影されたものである.
バルトロ下流方向を向いて撮影。
HK41-17, 1955年7月10日、11日のいずれかに撮影されたものである.
バルトロ下流方向を向いて撮影。
HK41-18, 1955年7月10日、11日のいずれかに撮影されたものである.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK41-19, 1955年7月10日、11日のいずれかに撮影されたものである.
卓上岩。岩により輻射熱が遮断され、氷柱の上にきのこ型に岩がのる。
HK41-20, 1955年7月10日、11日のいずれかに撮影されたものである.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK41-21, 1955年7月10日、11日のいずれかに撮影されたものである.
マンドゥ氷河方向を撮影。
HK41-22, 1955年7月10日、11日のいずれかに撮影されたものである.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.