1955年カラコラム探検::写真
2365 コレクションおよび/またはレコード 表示:
HK51-15, 1955年
HK51-16, 1955年7月17日~22日のいずれか1日に撮影されたものである.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK51-17, 1955年7月17日~22日のいずれか1日に撮影されたものである.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK51-18, 1955年7月17日~22日のいずれか1日に撮影されたものである.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK51-19, 1955年7月17日~22日のいずれか1日に撮影されたものである.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK51-20, 1955年
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK51-21, 1955年
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK51-22, 1955年
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK51-23, 1955年
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK51-24, 1955年
HK52-01, 1955年7月21日、22日のいずれかに撮影されたものである.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK52-02, 1955年7月21日、22日のいずれかに撮影されたものである.
氷稿粘土層。
HK52-03, 1955年7月21日、22日のいずれかに撮影されたものである.
バルトロ氷河舌端の全景。写真手前左には人が見える。
HK52-04, 1955年7月21日、22日のいずれかに撮影されたものである.
小休止中の今西錦司支隊長とピーター。
HK52-05, 1955年7月21日、22日のいずれかに撮影されたものである.
昔の氷河面が見られる。
HK52-06, 1955年7月21日、22日のいずれかに撮影されたものである.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK52-07, 1955年7月21日、22日のいずれかに撮影されたものである.
岩相を見る松下進隊員。
HK52-08, 1955年7月21日、22日のいずれかに撮影されたものである.
モレーン段丘。
HK52-09, 1955年7月21日、22日のいずれかに撮影されたものである.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK52-10, 1955年7月21日、22日のいずれかに撮影されたものである.
河の右岸をアスコーレに向かう隊列。
HK52-11, 1955年7月21日、22日のいずれかに撮影されたものである.
写真中央に黒く見えるのは、支流からの岩屑(黒色頁岩)。
HK52-12, 1955年7月21日、22日のいずれかに撮影されたものである.
対岸のfanの様子。
HK52-13, 1955年7月21日、22日のいずれかに撮影されたものである.
HK52-14と合わせての二枚パノラマのうちの左側。
HK52-14, 1955年7月21日、22日のいずれかに撮影されたものである.
HK52-13と合わせての二枚パノラマのうちの左側。
HK52-15, 1955年7月21日、22日のいずれかに撮影されたものである.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK52-16, 1955年7月21日、22日のいずれかに撮影されたものである.
氷河擦痕。
HK52-17, 1955年7月21日、22日のいずれかに撮影されたものである.
昔の氷河の削った跡か。
HK52-18, 1955年7月21日、22日のいずれかに撮影されたものである.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK52-19, 1955年7月21日、22日のいずれかに撮影されたものである.
写真奥中央に見えるのは、コンコルディアの奥に聳えるガッシャーブルム。
HK52-20, 1955年7月21日、22日のいずれかに撮影されたものである.
モレーンを越えるバルトロ隊。
HK52-21, 1955年7月22日に撮影されたものであろう.
季節移住の集団。stesteの集落民で、夏の牧場へと向かうらしい。男はアタ(ata:小麦)を担ぎ、山羊・羊・ヤクなどを連れて家族ごと移動する。
HK52-22, 1955年7月22日に撮影されたものであろう.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK53-01, 1955年7月25日に撮影されたものであろう.
アスコーレを発ち、ビアフォ(Biafo)氷河へと向かう。ヒスパー越えをした後、ヒスパー氷河を下り、ナギール・フンザを目指す(第二ヒスパー隊)。
HK53-02, 1955年7月25日に撮影されたものであろう.
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK53-03, 1955年7月25日、26日のいずれかに撮影されたものである.
ビアフォ氷河のモレーン。
HK53-04, 1955年7月25日、26日のいずれかに撮影されたものである.
HK53-03に同じ。
HK53-06, 1955年
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK53-07, 1955年
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK53-08, 1955年
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK53-10, 1955年
HK53-11, 1955年
ビアフォ左岸見られる巨大な褶曲。変成岩のインダス・シューチャゾーン(Sutur zone)の一部である。
HK53-12, 1955年
HK53-13, 1955年
ビアフォ氷河奥方向を撮影。HK53-14、HK53-15と共に三枚パノラマを成している内の真ん中(この三枚パノラマは中流部から見た上流の全景である。ビアフォ氷河はバルトロ氷河と感じが変わり、いわゆる氷河らしい氷河のイメージに合っている)。
HK53-14, 1955年
ビアフォ氷河奥方向に向かって左手を撮影。HK53-13、HK53-15と共に三枚パノラマを成している内の左。
HK53-15, 1955年
ビアフォ氷河奥方向に向かって右手を撮影。HK53-13、HK53-14と共に三枚パノラマを成している内の右。