1955年カラコラム探検::写真
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HK61-11, 1955年
HK61-12, 1955年
ヒスパー氷河はこの付近からdead lineになっているらしく、減衰が著しい。付近の支谷セカンバリス(Sekambaris)氷河は後退しており、奥のほうへツンゲを見せる。
HK61-13, 1955年
パノラマ左カトゥンブルムブン(Katumburumbun)氷河出合付近からヒスパー本流をパノラマ撮影。減衰が著しいのが見てとれる。(RM19)[コメント:近年の気候変動で温暖化しているので、その後(現在)どうなっているのか知りたい]
HK61-14, 1955年
パノラマ中(左)カトゥンブルムブン(Katumburumbun)氷河出合付近からヒスパー本流をパノラマ撮影。減衰が著しいのが見てとれる。(RM19)
HK61-15, 1955年
パノラマ中(右)カトゥンブルムブン(Katumburumbun)氷河出合付近からヒスパー本流をパノラマ撮影。減衰が著しいのが見てとれる。(RM19)
HK61-16, 1955年
パノラマ右カトゥンブルムブン(Katumburumbun)氷河出合付近からヒスパー本流をパノラマ撮影。減衰が著しいのが見てとれる。(RM19)
HK61-17, 1955年
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK61-19, 1955年
HK61-21, 1955年
HK61-22, 1955年
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK62-02, 1955年
ダチガンのキャンプ風景カラコロモの数多くのキャンプ地の中でも最も気持ちの良い場所。クーリーたちも楽しそう。(RM19)
HK62-04, 1955年
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK62-05, 1955年
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK62-06, 1955年
HK62-07, 1955年
HK62-10, 1955年
HK62-12, 1955年
休憩する 左:藤田隊員 と 右:原田隊員 二人で話しながら歩くのが楽しい。谷間は乾燥し、非常に暑い。
HK62-13, 1955年
ビッダマール方向。ビッタマル(Bittermal)までは公園的お花畑。池あり、公園あり、羊飼いの石室あり、実に快適な道のり。(RM19)写真中央に池。
HK62-14, 1955年
HK62-16, 1955年
最後の大支流ラツク(Lak)氷河越え。氷の減衰で両岸に大絶壁が出来ている。砂礫層の崖で足場が悪いが、よく踏み跡がついていたため比較的楽に渡れた。(RM19)
HK62-17, 1955年
写真中央左、くずれやすい石場を気にしながら絶壁を登るインダス隊一行(HK62-15 アップ)大きさの景観が出ている。
HK62-18, 1955年
サイドモレーンの上りは約200m、すごいものがある。クーリーが一列に蠅がとまったように上っていく姿が印象的。(HK62-15アップ)(RM19)
HK62-19, 1955年
カレムガルジャム(Karemgaljam)手前より上流を向いて撮影。停滞氷河の特徴が見受けられる。(RM19)
HK62-21, 1955年
ヒスパー方面をながめる原田隊員。カレルガルジャムは盆地状の凹地であるが水はほとんどなくなっている(Hunza隊が通った頃は豊富だったらしい)(RM19)
HK62-22, 1955年
ジュンパーの疎林があらわれ、バラも咲き、インダスコースを思い出させる。乾燥もはげしくなり、水もない。
HK62-25, 1955年
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK62-27, 1955年
HK62-33, 1955年
ヒスパー部落に入る台地の花咲き乱れた風景は美事。氷河帯の旅の終わりの感慨にふけりながらヒスパー着。部落では村人が人夫を出迎えていた
HK62-34, 1955年
ヒスパーの人夫は家に帰る。逃げたポーターの一人サギ(sagi)がヒスパー峠のクレヴァスに落ちて死んだことを聞いて驚く。
HK63-01, 1955年8月4日~6日のいずれか1日に撮影されたものである.
ヒスパーの部落周辺-
HK63-02, 1955年8月4日~6日のいずれか1日に撮影されたものである.
ヒスパーの集落周辺-