1955年カラコラム探検::写真
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HK63-03, 1955年8月4日~6日のいずれか1日に撮影されたものである.
氷河で流されてきた石、モレーン。
HK63-04, 1955年8月4日~6日のいずれか1日に撮影されたものである.
ヒスパー部落付近-
HK63-05, 1955年8月4日~6日のいずれか1日に撮影されたものである.
ヒスパーの集落周辺-
HK63-06, 1955年8月4日~6日のいずれか1日に撮影されたものである.
ナギール(Nagil)へ向けてヒスパーの段丘面を下る
HK63-07, 1955年8月4日~6日のいずれか1日に撮影されたものである.
ナギール(Nagil)へ向けてヒスパーの段丘面を下る段丘堆積層-
HK63-08, 1955年8月4日~6日のいずれか1日に撮影されたものである.
ナギール(Nagil)へ向けてヒスパーの段丘面を下る氷河が運んだ細粒の砂礫が縞状に堆積。
HK63-09, 1955年8月4日~6日のいずれか1日に撮影されたものである.
ヒスパー河(Hispar river)を下っていく。酷暑。ヒスパー河は濁流。
HK63-10, 1955年8月4日~6日のいずれか1日に撮影されたものである.
ヒスパー河の濁流に円礫状になった氷礫がただよい、岸に打ち上げられては光っている珍しい光景。
HK63-11, 1955年8月4日~6日のいずれか1日に撮影されたものである.
ヒスパー河の濁流に円礫状になった氷礫がただよい、岸に打ち上げられては光っている珍しい光景。きれいな氷礫。
HK63-12, 1955年8月4日~6日のいずれか1日に撮影されたものである.
古い氷河の通過跡
HK63-13, 1955年8月4日~6日のいずれか1日に撮影されたものである.
上流方向。息がつまりそうなほど暑い。高巻の途中、原田隊員と藤田隊員が涸沢の中で暑さを避けていたところ、突然轟音とともに濁水が流れてきた。驚くべき早さであたりは濁水となる。
HK63-14, 1955年8月4日~6日のいずれか1日に撮影されたものである.
雪解けの雪崩による、ある種の土石流があったが、写真を撮る間もなかった。
HK63-15, 1955年8月4日~6日のいずれか1日に撮影されたものである.
その後に小川のような流れの川となったので撮影した。
HK63-16, 1955年8月4日~6日のいずれか1日に撮影されたものである.
Hispar Riverの岸壁。午後になると常に土を落とし、もうもうと煙を上げる。壮絶な野生的風景。
HK63-17, 1955年8月4日~6日のいずれか1日に撮影されたものである.
このあたりでキャンプ。キャンプ地は日陰のない赤熱の地。夜でも寒くない。
HK63-18, 1955年8月4日~6日のいずれか1日に撮影されたものである.
5時に出発 道はすぐに高巻になり常に山腹がずって、道を崩壊。もろそうな砂礫層をへつる危険な高巻の連続だが、もう身体が慣れきってしまっている。
HK63-19, 1955年
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK63-20, 1955年
ナガール近く2~3時間進み 河岸に降りると冷風が吹きどろどろとした濁水の感覚が身に迫り気持ちがよい。
HK63-21, 1955年
Huraが左岸に見える。河面より4~500mの高い段丘の猫の額のようなところに老木が2本立っていて山腹より湧水にうるおされている。インダスのシューターを思わせる。あまり孤立感がないのが印象的。写真中央アンズの木。
HK63-23, 1955年
1955年KUSE藤田和夫隊員撮影による写真.先発隊期から探検終了までの約5か月の間に撮影したものであり,探検隊の活動,カラコラム地域の民俗といった記録写真,そして藤田の地形・地質学的関心のもとに撮影された対象からなる写真資料群である.1カット毎に付されたネガカット番号とルートマップ記載情報とがひもづけられることで,撮影場所,撮影方向が厳密に特定できる.
HK63-24, 1955年
HK63-25, 1955年
橋は2本の丸太に鋼索(ワイヤーロープ)の手すりがついている。川幅がせばまりrock terraceとなりその上に橋がかかっている。その橋は不安定で渡りにくい。犬は通れなかった。
HK63-29, 1955年
Gharesa glacierとの出会付近すごい峡谷、谷は深くえぐられている足許の石がゆるんでドイツ隊員が墜死。ヒスパー側の支流HK63-29~HK63-31はパノラマの縦位置で撮影。
HK63-34, 1955年
ナギール到着、まるで現実のシャングリラのような緑の部落。よく耕された段丘、山腹面、背後にはHunza(フンザ)の後背の山々。実によい水が湧いている。
HK63-36, 1955年
今日(8/8)より3日間、Nagilのお祭。朝、旗の掲揚式に招待される。(王宮の庭)着飾った兵隊が銃を持って2列に整列し、ミールが出てくるのを待っているお祭りとは、モハメッドの四人のカリフ(Kalif)の一人アリ(Ali)がケルべナの戦いで戦死した日を追悼するシーア派の祭同じ回教徒でもフンザはイスマイリ派、ナギールはシーア派。フンザでは葡萄酒を作って飲んだり女の人は顔からおおいをとらせている。ナギールは禁酒、女性も顔を出すことができない。
HK63-37, 1955年
ミールが2人のプリンスとともにあらわれる。一人がコーランらしきものを大きな声でよみだし、旗が上がりはじめる。すると機関銃で礼砲がなり、儀仗兵が勇み出て敬礼する。上げ終わると順番に旗竿に接吻する(忠誠を誓う)。林田隊員、撮影する。
HK64-03, 1955年
ミール宮廷前では村人がお祭りの施物(チゃパティと羊の蒸肉)をうける。3~400人の男性が並んで施物を待っている。
HK64-05, 1955年
客室の壁には剣や盾、床には古いペルシャ絨毯など祖先の武勲を物語る品々が飾られている。アタで焼いたケーキやカステラ風の菓子、green teaなどがでる。
HK64-06, 1955年
HK64-07, 1955年
HK64-09, 1955年
HK64-11, 1955年
祭を撮影する林田カメラマン林田カメラマンの活躍(前後左右への移動にしっかりとついて移動する姿)はナギール人の拍手をあびた。
HK64-12, 1955年
HK64-13, 1955年
HK64-15, 1955年
部落対抗のポロ競技風景ポロはこの地方の名物で、フンザ、ナギール地方が世界におけるポロ競技発祥の地とされ、この地方の大きな部落には必ずポロ・グランドがある。