梅棹, 忠夫, 1920-2010
12 コレクションおよび/またはレコード 表示:
1940年 冬期樺太踏査行, [1939年12月~40年1月.]
犬橇の性能試験 移動無線電話実験 個人の耐寒訓練を目的とした遠征に関する資料.
1939年12月~40年1月 京都帝大旅行部は将来の探検において必要になる犬橇の性能試験、酷寒地における移動無線電話実験、各個人の耐寒訓練を目標として樺太に向かった. 39年末に樺太敷香に集結、魚屋で犬橇研究家である須山と上原の2人、ギリヤーク、オロッコ各1人と橇犬39頭を雇う. 海岸平野上、多来加湖の凍結湖水面上、ツンドラ帯、森林内など異なる環境で犬橇と無電機の試験をおこなった. 「木の組合せを馴鹿の皮でくくり合わせた」原住民のノソ(そりのアイヌ語)、ボルト・ナットなど鉄製部品が多く重量も3倍ほどの和人のノソを試用したが、バランスと悪道における機動力は前者がはるかにまさった.
[関係者名] 藤本 武(隊長 理学部学生), 今西壽雄(農), 中尾佐助(農), 中村成三(法), 秋山忠義(法), 梅棹忠夫(三高生徒), 京都探検地理学会.
1940年 白頭山・松花江水源, [1940年7月19日〜9月初め.]
松花江の源流をトレース地図の誤りを訂正する結果を得た遠征に関する資料.
1940年7月19日日本海沿岸の清津発、冠帽峰連山を越え摩天嶺山脈を越え、胞胎山群を越えて鴨緑江源流域に入った. 胞胎里を8月11日発、13日に白頭山最高点大正峰2744mに登頂。このあと国境線を越えて火口湖天池から北へ進み、満州国領松花江水源域にくだり、密林地帯の中を二道白河沿いに歩いて安図に着いた. 第二松花江源流の確認者という探検史上の成果をもたらした. 新京(現在の長春)を経由、9月初めに京都に帰った.
[関係者名] 梅棹忠夫, 藤田和夫, 伴 豊, 三高山岳部.
1941年 ポナペ島学術調査, [昭和16年(1941) 7月14日〜10月8日. ]
ワハーン通廊地域予備調査とノシャック峰登路探索を目的とした遠征に関する資料.
1941年7月~10月 京都探検地理学会が将来のニューギニア探検にそなえて熱帯における調査の足ならしと学生会員の訓練のため, ミクロネシア, ポナペ島に調査隊を送った. 7月14日横浜発のパラオ丸に乗船, 途中パラオ, トラック両港に寄り, 7月29日ポナペ港に着いた. 同船はクサイ島, ヤルート環礁など訪れた後8月9日ふたたびポナペに戻り, 浅井ら4人は次の日横浜へ帰港の途についたパラオ丸で故国へ向かった. 今西, 森下, 中尾, 吉良, 梅棹と川喜田の6人は9月24日までポナペで調査を続け, 10月8日横浜に帰港した.
[関係者名] 今西錦司(隊長 理学部講師), 森下正明(農学部), 浅井辰郎(建国大学), 池田敏夫(法学部学生), 秋山忠義(法学部学生), 松森富夫(経済学部学生), 中尾佐助(農学部学生), 吉良龍夫(農学部学生), 梅棹忠夫(理学部学生), 川喜田二郎(文学部学生), 京都探検地理学会.
1942年 北部大興安嶺探検, [1942年5月.]
1944年 西北研究所 冬のモンゴル行, [1944年9月〜1945年2月.]
1948年 自然史学会, [1948年2月(自然史学会例会初回)〜1952年10月(例会第53回).], [1948-02-01/1952-10-31.]
自然史学会に関する資料.
大陸から引き揚げてきた今西錦司、藤枝 晃、中尾佐助、梅棹忠夫らが西北研究所などでの学術調査の成果を発表するために、「自然科学と人文科学との接触領域における具体的研究の促進」をうたって、自然史学会を創設した. 最初の例会を1948年2月、東方文化研究所(翌49年4月京大人文科学研究所に統合)でもち、中尾(当時、木原生物学研究所)が「ユウマイ文化圏」を発表. 会則は、その例会に集まった者であるとした. 第2囘は今西(京都大学理学部)の「遊牧論」. 2年後に学会誌として『自然と文化』(NATURA et CULTURA)を刊行する際に、京大農学部教授の並河功が会長に就任した. 例会は1952年10月の第53回まで継続開催された.
[関係者名] 中尾佐助, 今西錦司, 藤枝晃, 梅棹忠夫, 並河功.
1951年 京都大学生物誌研究会, [1951年秋発足.]
1955年 京都大学カラコルム・ヒンズークシ学術調査隊, 1955年4月〜11月.
ヒンズークシからカスピ海沿岸までの広域調査を目的とした遠征に関する資料.
[関係者名] 木原均(隊長. 植物班長)農学部教授. 北村四郎(植物班)理学部教授. 山下孝介(植物班)教養学部教授. 岩村忍(人類班長)人文研教授. 山崎忠(人類班)文学部講師. 梅棹忠夫(人類班)人文研講師. 岡崎敬(人類班)人文研講師. 今西 錦司(支隊長)人文研講師. 松下進(地質班長)理学部教授. 藤田和夫(地質班)理学部講師. 中尾佐助(植物班) 農学部講師. 原田直彦(医療)医学部講師.
1957年 東南アジア学術調査はじまる, [1957年11月~58年4月.]
タイ、カンボジア、南ベトナム、ラオスなどで人類学的・生物学的調査を目的とした遠征に関する資料.
1957年11月~58年4月 梅棹忠夫 川村俊蔵らがタイ、カンボジア、南ベトナム、ラオス、ビルマなどで人類学的・生物学的調査をおこなう。このあとメンバーは交代しながら継続して大阪市大、京大から調査隊が出る。
[関係者名] 梅棹忠夫, 藤岡喜愛, 川村俊蔵, 吉川公雄, 小川房人, 依田恭二, 大阪市立大学東南アジア学術調査隊.
1961年 カカボ・ラジ登山探検計画, 1957年~1961年1月.
生態学・人類学調査を目的とした遠征に関する資料.
[1957年~1961年1月]ビルマ政府は中国との国境をめぐる配慮から許可証を交付せず、登頂は実現できなかった。
[関係者名] 福井孝治, 桑原武夫, 梅棹忠雄, 萩野和彦, 斎藤惇生, 中島伊平, 酒井敏明, 谷 泰, 前小屋 端, AACK京都大学学士山岳会, 大阪市立大学.
京都大学カラコラム・ヒンズークシ学術探検隊地質班関係資料, 1955-1956. Kyoto University Science Expedition (Geological Team) Records : Karakoram-Hindukush 1955-1956.
京都大学カラコラム・ヒンズークシ学術探検隊(1955)の地質班は, カラコラム地域の地質学的な空白地帯を踏査し, その観察を写真およびルートマップに克明に記録した. 長大な氷河が巨大断層上にあることに注目するなど, 構造地質学的な第一発見がルートマップに残る. 翌年の日パ合同探検隊(1956)の写真資料などとあわせて, 両探検隊に参加した藤田和夫(地質学)によって残されてきた本資料群は, カラコラムおよび東部ヒンズークシ地域の当時の風俗・文化をも伝える貴重なアーカイブ資料でもある.
Records of field research by Kazuo Huzita (geologist), about a Kyoto University Science Expedition at Karakoram and Hindukush in 1955 and 1956.
京都大学学士山岳会京都大学学術探検登山資料, ca.1931-1970. The Academic Alpine Club of Kyoto Collection, ca.1931-1970.
追加の絞り込み:
- 主題
- 1940年冬期樺太踏査行 2
- 1940年白頭山・待花江水源 2
- 1941年ポナペ島学術調査 2
- 1942年北部大興安嶺探検 2
- 1944年西北研究所冬のモンゴル行 2
- 1948年自然史学会 2
- 1951年京都大学生物誌研究会 2
- 1955年京都大学カラコルム・ヒンズークシ学術調査隊 2
- 1957年東南アジア学術調査はじまる 2
- 1961年カカボ・ラジ登山探検計画 2
- カラコラム 2
- 1940年遠征における空地連絡試験 1
- 1941年ポナペ島学術調査::画像 1
- 1945年京都大学山岳部創設 1
- 1952年日本山岳会マナスル踏査隊 1
- 1952年日本山岳会マナスル踏査隊::文書類 1
- 1952年西堀栄三郎のインド・ネパール訪問 1
- 1953年AACKアンナプルナ遠征隊 1
- 1953年AACKアンナプルナ遠征隊::文書類 1
- 1953年日本山岳会マナスル登山隊 1
- 1955年カラコラム探検::ルートマップ 1
- 1955年カラコラム探検::写真 1
- 1955年カラコラム探検::探検日誌 1
- 1955年京都大学カラコルム・ヒンズークシ学術調査隊::文書類 1
- 1956年ヒンズークシ探検::ルートマップ 1
- 1956年ヒンズークシ探検::写真::カラースライド 1
- 1956年ヒンズークシ探検::写真::モノクロネガ 1
- 1956年京都大学探検部の創設 1
- 1956年京都大学探検部ヒンズークシ学術調査隊 1
- 1956年南極観測はじまる 1
- 1956年日本山岳会マナスル登山隊 1
- 1957年京都大学探検部スワート・ヒマラヤ学術調査隊 1
- 1957年京都大学探検部スワート・ヒマラヤ学術調査隊::文書類 1
- 1958年 AACKチョゴリザ遠征隊 1
- 1958年 AACKチョゴリザ遠征隊::文書類 1
- 1958年 AACKチョゴリザ遠征隊::画像 1
- 1958年中尾佐助のブータン初入国 1
- 1958年西北ネパール学術調査隊 1
- 1960年AACKノシャック遠征隊 1
- 1960年AACKノシャック遠征隊::動画・音声 1
- 1960年AACKノシャック遠征隊::文書類 1
- 1960年AACKノシャック遠征隊::画像 1
- 1961-62年日本・パキスタン合同サルトロ・カンリ遠征登山隊 1
- 1961-62年日本・パキスタン合同サルトロ・カンリ遠征登山隊::文書類 1
- 1961-62年日本・パキスタン合同サルトロ・カンリ遠征登山隊::画像 1
- 1962年京大山岳部パンジャブヒマラヤ遠征隊 1
- 1962年京大山岳部パンジャブヒマラヤ遠征隊::文書類 1
- 1963年京都大学西イリアン学術探検予備踏査隊 1
- 1964年カンチェンジュンガ・ウエスト登山許可取得交渉 1
- 1964年カンチェンジュンガ・ウエスト登山許可取得交渉::文書類 1
- 1964年京大山岳部ネパールヒマラヤ遠征隊 1
- 1964年京大山岳部ネパールヒマラヤ遠征隊::文書類 1
- 1964年京大山岳部ネパールヒマラヤ遠征隊::画像 1
- 1965年 泊山岳会中部ネパール踏査隊 1
- 1968年1967年度京都大学ブータンヒマラヤ遠征隊 1
- 1968年1967年度京都大学ブータンヒマラヤ遠征隊::文書類 1
- 1968年1968年京大探検部アンデス学術調査隊 1
- 1969年京都大学ブータン学術調査隊 1
- 1969年日本山岳会エベレスト第2次偵察隊 1
- 1970年日本山岳会エベレスト登山隊 1
- 1973年 Glaciological Expedition to Nepal(GEN) 1
- 1973年京都大学中南米栽培植物調査隊 1
- 1973年京都大学学士山岳会ヤルン・カン遠征隊 1
- 1974年ネパール・ヒマラヤ氷河学術調査隊 1
- 1974年京都大学山岳部カラコルム遠征隊(K12遠征隊) 1
- 1975年日本山岳会東海支部カラコルム登山隊 1
- 1976年ネパール・ヒマラヤ氷河学術調査隊 1
- 1977年京都大学学士山岳会ランタン・リ予備踏査隊 1
- 1978年ネパール・ヒマラヤ氷河学術調査隊 1
- 1979年 GEN(Glaciological Expedition in Nepal) 1
- 1979年日本山岳会チョモランマ偵察隊 1
- 1980年ネパールヒマラヤトレッキングチーム 1
- 1980年日本山岳会チョモランマ登山隊 1
- 1981年ネパールヒマラヤ氷河学術調査隊 1
- 1981年京都大学チベット高原学術登山隊偵察隊 1
- 1981年天山ボゴダ峰地区中日共同調査 1
- 1981年日本ブータン友好協会第一回親善旅行 1
- 1982年 Glaciological Expedition to Nepal(GEN) 1
- 1982年京都大学学士山岳会チベット高原学術登山隊 1
- 1982年京都大学山岳部インドヒマラヤ登山隊 1
- 1983年 パタゴニア地域の氷河における水文・気象学的研究 Glaciological Research Project in Patagonia(GRPP) 1
- 1985年GEN-LP 1
- 1985年 パタゴニア地域の氷河における水文・気象学的研究 Glaciological Research Project in Patagonia(GRPP) 1
- 1985年京都大学ブータンヒマラヤ学術登山隊 1
- 1985年日中友好納木那尼峰合同登山隊 1
- 1985年西崑崙氷河学術調査偵察隊 1
- 1987年西崑崙共同学術調査隊に参加 1
- 1989年日中友好梅里雪山科学隊 1
- 1989年日中合同梅里雪山学術登山隊(第一次隊) 1
- 1990年京都大学学士山岳会シシャパンマ医学学術登山隊 1
- 1991年日中合同梅里雪山学術登山隊(第二次隊) 1
- AACK人物抄 第一集 1
- AACK時報No.1-5 1
- AACK時報No.10-13 1
- AACK時報No.6-9,(臨時号) 1
- Cambodia 1
- Hindu Kush 1
- Hkakabo Razi 1
- Laos 1
- Micronesia 1