今西, 壽雄, 1914-1995
個人
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1953年 AACKアンナプルナ遠征隊, [1953年9月〜11月.]
シリーズ
資料番号: AACK MIXED 2013/1 / 53ANN
範囲と内容
アンナプルナⅡ峰(7937m)および 同Ⅳ峰(7525m)の登頂を目的とした遠征に関する資料.
1953年9月〜11月に現地で行動.Ⅱ峰を南西マディコーラ谷から試登. その後ナムンバンジャン峠(5140m)越えで、北面マルシャンディ谷からⅣ峰に試登. C5(7100m)まで達したが、11月3日ジェットストリームの強風にテントを破られ撤退を強いられた.
[関係者名] 今西寿雄(隊長)38歳, 藤平正夫 28歳, 伊藤洋平 30歳, 舟橋明賢 28歳, 藤村良 26歳, 脇坂誠 27最, 立平宣雄 28歳.
日付:
[1953年9月〜11月.]
1956年 日本山岳会マナスル登山隊, [1956年3月〜5月.]
シリーズ
資料番号: AACK MIXED 2013/1 / 56MAN
範囲と内容
ネパールヒマラヤ未踏峰マナスルの登頂を目的とした遠征に関する資料. 1953年の第1次隊失敗のあと、54年には第2次隊が、ふもとのサマ部落住民が聖山を汚したと反対して目標変更を迫り、ガネッシュヒマールに転進したあとを受けて、日本山岳会は1956年槙有恒隊長以下12名の第3次登山隊をマナスル(8163m)に送った。AACKからはただひとり今西壽雄が参加した。シェルパはサーダーのガルツェン・ノルブ以下20人であった。3月29日BC建設、以後順調にキャンプをのばし、5月9日7800mのCⅥから、第1次登頂隊今西とガルツェンがマナスル初登頂に成功した。11日には加藤喜一郎と日下田実が第2登で続いた。ちなみに、前年55年5月に本会会員西堀栄三郎(日本山岳会評議員)は成瀬岩雄(日本山岳会常務理事)とともにカトマンズにおもむき、サマ問題の解決のためにネパール政府と折衝し、了解を得ている。 [関係者名] 槇有恒(62歳), 小原勝郎(43歳), 今西壽雄(41歳), 辰沼広吉(39歳), 依田孝喜(38歳), 千谷壮之助(38歳),...
日付:
[1956年3月〜5月.]
1964年 カンチェンジュンガ・ウエスト登山許可取得交渉, [1] 1964年11月5日~12月4日., [2] 1967年3月~6月., [3] 1969年., [4] 1970年10月.
シリーズ
資料番号: AACK MIXED 2013/1 / 64KAN
範囲と内容
カンチェンジェンガ・ウエスト(後にヤルンカンと改名)の登山許可交渉に関する資料. [1.1964年11月5日~12月4日]AACKは1965年プレモンスーン季のカンチ・ウェスト登攀許可を前年春に申請、同年8月ネパール政府から許可がおり、舟橋明賢隊長(日本ペイント勤務 39歳)以下8人の隊を送る準備を進めていたところ、10月これを取り消された。舟橋はカトマンズに飛びネパール政府と交渉、シッキムの外交権をもつインド政府とも交渉し、当時ガネッシュ登山隊隊長としてカトマンズに滞在していた樋口明生(防災研助教授 35歳)がこれに協力、舟橋帰国後ネパール政府と折衝を続けたが許可は得られず、計画は延期された。テント・ピーク初登頂。...
日付:
[1] 1964年11月5日~12月4日.; [2] 1967年3月~6月.; [3] 1969年.; [4] 1970年10月.
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