4:研究資料(テーマ別)Research materials by subject,1807–2001::照葉樹林文化
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テンナンシヨウと発酵法, 04-06.資料の記載による.
三重県立津西高等学校,徳井賢が上山春平に送付した「テンナンシヨウと醗酵法」についてのレポートと,その旨をしたためた書簡.(レポート本文より)「食物の不足な原始時代,人間は有毒な植物でも毒抜きして食べざるを得なかった.その毒抜き法の1つが醗酵法とよぶものである.植物を水の中につけておくと,バクテリアの働きで細胞膜は破壊され,有毒物は分解され,食べられる澱粉が沈殿してくる.原始的な方法であるが,かつては有効な生活手段だったろう.…」.
ひとつの石笛をめぐって
『長野県考古学会誌』,第28号抜刷.ページ番号はp.55-p.58.内容は以下のとおり. 1.はじめに. 2.石笛の観察. 3.楽器としての石笛. 4.尺八との関連. 5.石笛の類例. 6.石笛の用途. 7.おわりに.
[上山春平宛佐原眞書簡及び資料]
封筒表紙に「上山春平先生,本日は夕方から丹後行きで夜の懇親会でお話する機会なく,また別のチャンスをもちたら,と思います.横山浩一氏の「自然と人間」コピイ在中,佐原眞」の記載あり.封筒の中身は以下のとおり.(1)中尾佐助「分類の論理」,『隔月刊 知の考古学』,第11号,社会思想社, 1977年4月, p.2-p.21.はじめに.(1)内なるアイデンティティ.(2)外なるアイデンティティ.(3)フォルメン・レーレ.(4)ティペン・レーレ.(5)系譜分類.(6)動的分類.(7)システム分類.(2)『日本文化史1,日本的生活の母胎』,河出書房新社, p.248-p.256.第13章 自然と人間.寒冷気候への適応.温暖気候への適応.資源と人口.人口のコントロール.
[上山春平宛安田喜憲書簡], 1977-05-04
抜刷の内容は以下のとおり.(1)安田喜憲「特集 縄文時代の栽培・採集植物,照葉樹林の形成と縄文文化」,『どるめん』(ジック出版局)13号,一九七七年四月, p.51-p.61.(2)安田喜憲「「倭国乱」期の自然環境」,『考古学研究』,第23巻第4号(通巻九二号),一九七七年三月, p.83-p.100.「倭国乱」期の自然環境, ―大阪府河内平野の事例を中心として―.(3)安田喜憲「縄文文化成立期の自然環境」,『考古学研究』,第21巻第4号(通巻八四号),一九七五年三月, p.20-p.34.
[上山春平宛徳井賢書簡], 08-13.表紙の記載による.
手書き原稿(複写)の内容は以下のとおり.「醗酵法の故郷」.(1)私の仮説.(2)醗酵法とは.(3)澱粉のよびかた.(4)シトウという言葉.(5)シトギの文化.(6)醗酵法のみなもと.(7)サトイモの場合.(8)クワズイモの場合.(9)植物の毒抜きと保存.(10)レプチヤ族と醗酵法.
[上山春平宛徳井賢書簡の封筒], 封筒の消印日による., 1977-01-24
照葉樹林文化論に関連するノート,抜刷,手書き原稿,新聞記事等,計34件から構成される.
世界の生態気候区分図
「乾湿度(ツンドラ(寒帯))」と「暖かさの指数」で色区分された地図.
世界の生態気候区分図
「乾湿度(ツンドラ(寒帯))」と「暖かさの指数」で色区分された地図.
世界の生態気候区分図
「乾湿度(ツンドラ(寒帯))」と「暖かさの指数」で色区分された地図.
唐尺と亀甲墓, 01-23.表紙の記載による.
手書き原稿の内容は以下のとおり.(1)墓と唐尺.(2)唐尺とは.(3)文献上の唐尺.(4)サシガネと唐尺.(5)唐尺の原形.(6)奄美の墓制.(7)沖縄の亀甲墓.(8)香港と台湾の場合.(9)台湾の唐尺.(10)唐尺と墓.
学研 照葉樹林文化(草稿)
(本文より)「本居説と柳□説,日本文化の特質を問い求めて,日本文化の歴史を検討してみると,異国文化の輸入と模倣に強い印象を受けざるをない.少なくとも過去二千年末の日本文化の歴史は,中国や欧米などの外来文化の模倣の歴史である.…」.
戸口に胎盤を埋める呪術, 資料内の記載による., 1970
『月刊考古学ジャーナル』,第42号,ニュー・サイエンス社, 1970, p.12-p.19.以下内容にアンダーラインあり.(本文より)「戸口に胎盤を埋納する呪術は,縄文時代の中期に始まり,数千年を通じて反復伝承されて来たものということができる」.
文化と文明の起源とその伝播を示す表
「地域(横軸),年代(縦軸)」に「起源,関係の可能性,関係が不明瞭」の折れ線グラフ.
[新聞記事]消えゆく照葉樹林帯:中国・雲南省を旅して, 新聞記事の記載による., 1984-10-27
記事の見出しは 「国の興亡に伴い破壊:松と潅木の高原に変化,中尾佐助(大阪府立大名誉教授・栽培植物学)」(『朝日新聞』, 1984年(昭和59年)10月27日).
[新聞記事]照葉樹林文化の中心地を訪れて
内容は,「照葉樹林文化の中心地を訪れて;周達生」.
[新聞記事]環東シナ海の文化交流, 新聞発行日による., 1977-06-23
『朝日新聞』, 1977年(昭和52年)6月23日夕刊に掲載.
[「植物名実図考」に関するメモ]
内容は以下のとおり.(複写本文より)「Edgerton. F: Buddhist Hybrid Sanskrit Dictionary. 1970(réimp), p.231. - cinnaka m.(presumably = □ cina, cinaka and □ cinna, Paricum miliaceum; cf. also AMg cinna, chinese)…」.(手書きメモより抜粋)「楓=カツラ」「椿=ツバキ=海柘榴」.
楽浪文化の源流, 表紙の記載による., 1975-09
『歴史と人物』, 1975年9月, p.28-p.42.内容は以下のとおり.「楽浪文化の源流,倭国,邪馬台国に楽浪を通じて将来された文化は漢代の典型文化であるという定説に挑む」.一.はじめに.二.楽浪古墳の内容.三.土着漢人.四.漢代の墓制.五.楽浪と江蘇.
照葉樹林文化, 1956-1984
照葉樹林文化論に関連するノート,抜刷,手書き原稿,新聞記事等,計34件から構成される.
照葉樹林文化と日本, 雑誌の発行日による., 1976-11-01
『人と国土』,第二巻第四号・通巻第十一号, 1976年.ページ番号はp.29-35.
照葉樹林文化ノート(1), 表紙の記載による., 1976-08
内容は以下のとおり.(1)中国雲南省 文献.(2)ツバキ, 1976.8.22.(3)雲南山茶花図志 (兪徳浚・馮耀宗, 1958).(4)植物を通して見た"野生と文化"(山下正男).(5)新聞記事:「日本語と似ているチベット・ビルマ語 西田達雄」『読売新聞』(夕刊), 1976.12.10. ;「東アジア文化は照葉樹林帯から」『読売新聞』(夕刊), 1976.9.18.ほか.
石笛考, 表紙の記載による., 1975-10
表紙に「石笛考 上山春平,『季刊 人類学』 一九七五年一〇月(VI-3)」の記載あり.手書きの書き込みあり.ページはp.3-p.31.内容は以下のとおり.(1)帰神と石笛.(2)カラスウリの根.(3)子持ちの魚.(4)石笛のふるさと.(5)石笛と土笛.(6)蛇足.
石笛考:塤, 資料の記載による., 1956-03/1975-09.
内容は以下のとおり.(1)原始時代和商代的陶塤,李純一,(中国音乐研究所),(p.51-p.54),(「考古学報64の1」の手書きあり).(2)「鳩岡﨑遺跡」資料.(3)東北農試,神尾技官報告書(3),鳩岡﨑遺跡出土種子より発芽した植物について, 1975.9,東北農試 神尾正義.(4)關于殷鐘的研究,李純一,(中央音楽学院民族音楽研究所),(p.41-p.51).(5)中国田野考古報告集,考古学専刊,丁種第十四号,西安半坡,原始氏族公社聚落遺阯,中国科学院考古研究所,陜西省西安半坡博物館.(6)中国田野考古報告集,第一号,輝縣発掘報告.(7)沂南古画像石墓発掘報告.
稲作の起源とその展開をめぐって
ページ番号はp.91-p.111.内容は以下のとおり. 1.稲の起源を考える. 2.陸稲をめぐって. 3.ジャポニカ型とインディカ型. 4.インドシナ半島へのインディカの伝来. 5.インドネシアの二つの稲. 6.古い稲の調査法. 7.東アジアの稲作とモチ. 8.東南アジアの歴史と稲の変遷.
穀類における貯蔵澱粉のウルチ-モチ性とその地理的分布, 資料内の記載による., 1982
『澱粉科学』,第29巻第1号, 1982年, p.41-p.55.内容は以下のとおり.(1)はじめに.(2)イネ科穀類のモチ性.(3)モチ性品種の地理的分布.(4)モチ性の地理的分布とその民族植物学的意義.(5)ヒユ科センニンコク類の外乳澱粉のウルチ-モチ性.
続照葉樹林文化シンポジュウム 中尾佐助氏提案, 1976-01-21
「照葉樹林文化論」の概要が手書きで記されている(29ページ).内容は以下のとおり. I.北東アジアの印象. II.ヒマラヤの照葉樹林帯. III.照葉樹林の自然. IV.照葉樹林の農耕文化:まず衣食住の食から. V.衣. VI.住. VII.要素分布の類型. VIII.焼畑問題. IX.照葉樹林文化と,インド文化,チベット文化,中国文化の関係. X.雑談. XI. Marrage system. XII. LayeringとParalleling. XIII.歴史の断絶と挫折.
縄文文化起源論争史をめぐる諸問題(一),(二), 上限は抜刷表紙の記載による.下限は挟み込み新聞発行日による., 1977-08-06/1977-09-01.
『信濃』第二八巻第四号,昭和五一年四月.ページ番号は,(一)p.65-p.77,(二)p.15-p.29.内容は以下のとおり.「縄文文化起源論争史をめぐる諸問題(一)」.(1)はじめに.(2)一 先土器文化の発見と縄文文化起源研究の再出発.(3)二 縄文文化起源研究における系統・年代論争.「縄文文化起源論争史をめぐる諸問題(二)」.(1)三 縄文文化起源研究の進展:洞穴遺跡調査特別委員会の発足.(2)四 縄文文化起源論の展開.新聞記事内容は,「最初の土器は日本生まれ,無文様片掘り当てる 決定的データはまだ不足だが...,佐世保市の泉福寺洞穴」(『朝日新聞』, 1977年(昭和52年)9月1日).
[複写物][「こんにちは東京 第837回,翡翠の岩笛が奏でる縄文の調べ」の台本], 資料の記載による., 1977-02-07
制作著作:テレビ朝日.収録日:昭和55年4月11日(金).放送日:昭和55年4月12日(土).新聞記事の内容は,「尺八と管弦楽のための協奏曲,広瀬量平」.クリップで留められたメモの内容は,「(手書き)テレビ 大学講座,音楽史と音楽論,日本の音楽に世界の音楽を投影する,元東京芸術大学教授,柴田南雄著(1980.8.5発行)」,「縄文時代の日本の楽器」,「私蔵の主なる縄文の石笛,所蔵者,関税」.
[複写物][廣瀬量平に関する覚書], 資料内の記載による., 1976-01
広瀬量平と縄文の石笛に関して年代順にまとめた手書きメモの複写. 1976年1月15日から1977年2月10日までの経緯が記されている.
[複写物]日本の植生帯
内容は以下のとおり.(本文より)「…この森林帯の各区分と結びつく温度要因をさぐると,単純に平均気温や最低気温などをもとめてもうまくゆかない.生物の季節現象にはしばしば積算温度との結びつきが論じられるが,植生帯の分布にも一種の積算温度による検討が試みられてきた.…」.「暖かさの指数による等温線」,「日本の植生帯」の図が記載されている.
[複写物]日本の音をつくる, 刊行日(手書き)による., 1977-02-20
柴田南雄,那谷敏郎著,『日本の音をつくる』,朝日新聞社, 1977年, p.55-p.57抜粋.表紙の手書きは,「一九八〇年八月『音楽史と音楽論』(昭文社) テレビ大学講座」,「一九八五年三月『音楽史と音楽論』(日本放送出版協会) 放送大学教材」.
[複写物]椿ブーム(近世初頭の京都における椿愛好)
『植物と文化』, 1973-冬, No.7.目次, p.2-p.32.
[複写物]蜀布與CĪNAPAṬṬA―論早期中印緬之交通, 表紙の記載による., 1974
「中央研究院歴史語言研究所集刊,第四十五本第四分,蜀布與CĪNAPAṬṬA―論早期中印緬之交通(p.561-p.583)」.蜀布與Cinapatta, ―論早期中・印・緬之交通―.一.標越與盤越・剽国.二. Kautilya書中之Cina及其年代.三.氏罽・蜀細布與哀牢桐花布.四.雑論中・印・緬古代交通.補記.
連載座談会・茶の故郷を訪ねて(上・中・下)
内容は以下のとおり.「インド・ネパールの印象;会談者:熊倉功夫,守屋毅,松下智(p.77-p.92)」.(1)報告 インド・アッサムにて 村井康彦.(2)座談会 旅の全体像.「インドの茶業;会談者:村井康彦,守屋毅,松下智(p.77-p.94)」.(1)報告 アッサム茶の歴史と現状,熊倉功夫.(2)座談会 アッサム・ダージリンを行く.「照葉樹林文化と茶;会談者:村井康彦,熊倉功夫,松下智(p.77-p.92)」.(1)報告 照葉樹林から,守屋毅.(2)座談会 茶の起源を探る.