1956年 京都大学探検部の創設, [昭和30年(1955) 3月1日〜12日.].
範囲と内容
京都大学探検部創設に関する資料.
[経緯] 1955年、京大山岳部現役部員たちの間で、海外遠征登山の実現をのぞむ動きが2回生を中心として活発になり、その是非について若手OBたちを交えて議論がつづいた。当時、山岳部員の多くは55年3月、毛勝山から剱岳への極地法による縦走を成功させたこともあって、ある程度積雪期登山の技術に自信をもっていた。この山行のリーダーを務め53年アンナプルナ遠征隊員であった脇坂誠や若手の先輩たちは、現役部員による海外遠征は時期尚早と判断していた。しかし2回生部員を中心に遠征対象としてカムチャッカやネパールヒマラヤなどを検討するうち、かれらは11月には前年カラコルム氷河地域を踏査してきた今西錦司や中尾佐助らの大先輩がパキスタンとの学生合同遠征の実現を示唆する助言を引き出すにいたった。このような背景のもとに、2回生本多勝一らが世話役となり、56年1月20日から海外調査歴が豊富な講師たちによる探検講座を開催し、現役学生たちの多くが海外遠征を身近に感じ、学生による遠征を実現しようとする機運が高まった。この探検講座は次の講師とテーマで京都大学楽友会館でおこなわれた。講師を努めた今西錦司、梅棹忠夫ら大先輩たちの他に、毎回若手の山岳部OBたちと遠征に強い関心をもつ現役部員たちが10人以上出席し、全部で20人を越える日もあった。第1週:今西錦司「イントロダクション」.中尾佐助「資料写真の撮り方」.第2週:川喜田二郎「フィールド・ノートのとり方」.第3週:桑原武夫「探検精神・冒険精神・その他」.第4週:藤田和夫「遠征準備の秘訣」.第5週:梅棹忠夫「異民族との接触」.最終週:講師全員「過去5週間の反省と今後の問題」.最終回は1956年3月2日に開催され、前回までの反省と講師らによる回顧談があったあと、今後の問題について話し合った。最後には「互いに了解の上で、以後は登山を主とする山岳部と探検を主とする探検部の二つが存在すればよい」との結論に到達した。ここに京都大学探検部創設の準備がととのい、ただちに学生文化団体としての探検部設立の趣意書を作成し、3月5日4回生部員高谷好一が京大学生部に提出した。3月12日わが国初の探検部が大学当局に認可された。なお山岳部と探検部は協議の結果、当面は同一人が二つの部の双方に同時に在籍することは認めないとした。初代部長に理学部教授芦田譲治が就任した。
[関係者名] 高谷好一, 本多勝一, 荻野和彦, 市橋康雄, 吉場健二, 芦田譲治, 京大山岳部.
日付
- 作成: [昭和30年(1955) 3月1日〜12日.].
作成者
資料の言語
日本語 Japanese
利用条件
本コレクションは, 学術利用・教育研究利用の目的で利用できる.
分量(全体)
コレクション : 1346 件[レコード数]
物理的特徴
- -
出所・作成(表示) | Provenance (exp.)
京都大学学士山岳会(AACK, Academic Alpine Club of Kyoto); 京都大学探検部.
«ARK(former)»
https://peek.rra.museum.kyoto-u.ac.jp/ark:/62587/ar40385.41913
主題
- 高谷, 好一, 1934-2016 (個人)
- 荻野, 和彦, 1936- (個人)
- 吉場, 健二, 1936-1968 (個人)
リポジトリの詳細
つぎのリポジトリの一部: Kyoto University Research Resource Archive リポジトリ
(運営責任部局) 京都大学総合博物館 The Kyoto University Museum
左京区 吉田本町 Sakyo-ku Yoshida honmachi,
京都市 Kyoto city, 京都府 Kyoto prefecture, 606-8501 Japan